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氷中花  作者: 綴奏
117/165

赤い月明り 其ノ五

 

 ◆


 主が触れた時だけ、白黒の世界から色づくような食器や家具たちが住む、時が止まった空間。時を奪うはずの時の異能者が、まるで彼らに時を与えているようにも思える。というよりもむしろ、無限の時ではなく、自らの限られた時を分け与えている。この生活感のない碧井家で、吸血鬼はそんなことを思っていた。碧井涼氷の存在が儚げに思えるのは、彼女を取り巻く継ぎ接ぎだらけの時のせいなのだろうか。一体彼女は、どれほどの時を、どれだけの存在に与え続けてきたのだろうか。

 だけれど今は、確かに時の異能者自身の時を取り戻している。プレゼント交換からほとんど会話はないが、吸血鬼と並んでソファに腰を降ろしている彼女は、首筋を触るようにネックレスを撫でているのだ。そんな彼女の落ち着いた雰囲気を乱さないように、吸血鬼は時計に眼を移す。時刻は夜の二十一時。さすがに居座り過ぎたと思った赤月は、膝に手をついてゆっくりと立ち上がる。

「今日はもう帰るな。いくら両親の帰りが遅いからって、さすがにまずいだろ」

 やっとネックレスから手を放した少女は言った。

「別にいいですけれど、誰も帰ってきませんよ」

 碧井家だけでなく、赤月時雨の時までもが止まる。

「私の両親は、離婚しているんです」

 時の止まった空間に吸血鬼を置き去りにして、時の異能者は過去を遡り始める。

「ですが、二人は私に会いにここに来るんです」

 赤月は何も言わずに、通り過ぎようとしていたソファに腰を降ろした。唐突過ぎて。空気が変わり過ぎて。もはやわけがわからない。

「……そうか、お前とは仲が良いんだな」

「そうですね。家族三人が顔を合わせることはないけれど、上羽巳さんや、みーさんたちに比べれば、会いに来てくれるだけでも幸せなのかもしれないです」

 その言葉とは裏腹に、涼氷はいつも以上に無表情だ。

「いつから……なんだ?」

「もう五年以上前でしょうか。たといそれが十年前だったとしても、何の違いもありませんが」

 反応に困っている赤月を無視するかのように、涼氷は続ける。

「二人とも酷く忙しいみたいで、離婚をしていなかった時ですら、ほとんど家には帰ってきませんでした。だから、離婚をしたタイミングなんて、大した意味を持たないんです」

 碧井涼氷は続ける。彼女らしくない。何かが――違う。

「離婚したのも仕方がないと思うんです。あの人たちは、お互いを嫌いになっていましたし。小学生の頃からそれを感じてしまうくらいでしたから」

 何か嫌な過去を思い出したのか、小さな溜め息をつく。

「お互いの悪口を聞かされることもあって、とても嫌な気持ちになったことがありましたが、最近になってよくわかるんです。大人だって、完璧な人間ではないのですよね」

 赤月はただ黙って涼氷を見つめていた。彼女が自分のことをこんなに話したことは未だかつてなかったのだ。

「そんな人たちを責められはしないでしょう? 私が不満を聞くことであの人たちは、どこか楽になるようでしたし、それはそれで良かったと思っています」

 ――と、ここで時の異能者の目に僅かに残っていた光が消えた。少しだけ俯いた彼女の顔を隠すように、青い髪がサラサラと、風に揺れるカーテンのように流れる。

「そもそも、そんな環境を作ってしまったのは私のせいかもしれないのです」

「なあ、そこまで思い詰める必要はないだろ」

 赤月の声で現実に引き戻されたのか、涼氷はいつもの綺麗な姿勢を取り戻す。そして、吸血鬼がすぐ隣にいることを忘れてしまったかのように、何もない空間を真っ直ぐ見つめて言った。

「異能者は生まれた時の血液検査によって、その能力が国の台帳に登録されます。だけれど、私の能力は偽りのデータとして記録されているんです」

「……え」

 涼氷が言う通り、異能者は生まれてすぐにその能力を国のデータとして記録される。だが、真実とはことなるデータを簡単に登録できるとは思えない。ましてや、そんなことをする意味もわからないのだ。

「私の検査を担当したのはお父さんだったんです」


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