赤い月明り 其ノ四
「――え、今のが?」
驚いて眼を開けた赤月は冷静を装っているが、頬は明らかに赤い。
「不満ですか? ――これはそのおまけです」
時の異能者は、慣れた手つきで吸血鬼の親指に指輪を通した。それは、シルバーリングの中央に青いラインが入ったシンプルなデザインの物だ。
「赤月くんの指って女の子みたいに細くて綺麗ですから、指輪が似合うと思ったんです」
「えっと……プレゼントって、家族以外にもらったことなかったから何て言っていいかわかんないんだけど。――ありがとな」
指輪をした赤月の手を見ていた涼氷は、キョトンとした表情で彼と視線を合わせた。
「ちゃんと言えているじゃないですか」
真っ直ぐ見つめて来る涼氷から視線を逸らすように、赤月は指輪に触れながら言う。
「なあ、指輪って親指にするものなのか? こういうのよくわかんないんだけどさ」
「親指に付ける指輪はサムリングと呼ぶみたいです。左手の親指には意志を貫く、愛を貫くといった意味が、あるそうですよ」
「意志を貫く……か」
「どうして、もう一つの意味の方を無視するのか理解出来ませんね」
「それにしても、よく親指のサイズなんてわかったな。ピッタリだし」
涼氷の首筋を見つめたまま、上の空で答えにならない返答をする。
「いつも赤月くんが咥えさせてくるからですよ」
「っんなことしてねーよ!」
身に覚えのない言いがかりから逃れるように吸血鬼は立ち上がると、涼氷がハンガーに掛けてくれていたジャケットを弄り始めた。それを真顔で見つめる彼女の視線に気づかない振りをみせながら、赤月時雨は再び浅く椅子に腰を掛ける。そんな彼が差し出した手には、何やら可愛らしい包装がなされた小さな箱があった。
「あの……これは、私に?」
一瞬だけ涼氷と眼を合わせたものの、吸血鬼はすぐに視線を逸らして言う。
「お前以外に誰がいるんだよ」
まるで、幼い少女がサンタクロースを初めて見たような表情をして、碧井涼氷は吸血鬼からのプレゼントを受け取った。ゆっくりと、そして大事そうに。涼氷が箱から取り出したのは、シルバーのネックレスだった。彼女の白い手からは細いチェーンが流れ落ちるように、薔薇の飾りを光らせている。その花弁の部分は碧く輝いており、どこか涼氷の儚さをカタチにしたようにも見えた。
「夜宵に頼らずに自分で選んでみたんだけど……」
赤月が顔を引きつらせるのも無理はない。そう言ったそばから、彼の手にプレゼントしたはずのネックレスを手渡されたのだから。
「だよなー、やっぱり気に入らなかったかー。……はは」
すると涼氷は首を傾けながら、さも当たり前のようにこう言った。
「私に付けてください」
「紛らわしいことすんなよ! ……てか、んな恥ずかしいことできるかあっ!」
「私も赤月くんの指に指輪を通すことがとても恥ずかしかったんです。まさか、私にだけそんな思いをさせるつもりなのですか?」
いつもと変わらない様子でそんなことをしておいて、よくもまあこんなことを言えるものだ――と、吸血鬼は言い返そうとした。が、たまには我儘を聞いてやる気になったらしく、渋々と涼氷の首に腕を回す。やけくそで恥ずかしい行為を済ませようとしたまでは良かった。しかし、ネックレスなどしたことのない彼には、人にそれを付ける行為は難易度が高過ぎたらしい。おまけに、手こずっている吸血鬼のために涼氷が前屈みになっているものだから、ドレスシャツの襟から胸の谷間が丸見えになっていた。手先は不器用なくせに、眼だけはチラチラとしっかり動かしながら悪戦苦闘した吸血鬼は、やっとのことでネックレスを渡すこととなる。
「ふふっ、よくできました」
そう言って青い髪を靡かせながら、時の異能者は姿見鏡の前に向かう。鏡に映る涼氷を遠目に覗き込んでいた吸血鬼は、確かに見た。鏡越しに、自分へ微笑みかけている、氷の中に閉じ込められた一輪の花がみせた笑顔を――