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氷中花  作者: 綴奏
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赤い月明り 其ノニ

 

 ◆


 時は瞬く間に流れ、学生のほとんどがマフラーやコートを着用し始める十二月。中にはコートは愚かマフラーすら身に付けない強者もいるが、彼らはある意味、景観を損ねる存在とも見ることができる。

 この時期の景観として、誰しもが思い浮かべるのはクリスマスの飾り付けだろう。口から零れる白い息すらも、どこかロマンチックに映し出すイルミネーションたち。それらは大人が忘れてしまっていた子供らしい心を引き出そうとするかのように、チカチカと誘いのメッセージを送り続ける。もちろん子供たちの心を掴むのはお手の物で、クリスマスソングと共演した時にはもう、多くの人がクリスマスの虜になっているだろう。

 だけれど、それを喜ばない人間も少なからずいる。仕事に疲弊した社会人や、少し捻くれてしまった人間にとっては、街の雰囲気は猛毒に値するだろう。周りの人間は楽しそうにしているのに、どうして自分だけこんなにも疲れきっているのか。どうしてこんなイベント如きに踊らされて騒ぐ輩がいるのか。はたまた、イベント事にかこつけて、クリスマスケーキだとか、ローストチキンを売り付ける手法に引っ掛かる馬鹿なやつらばかりいる、と思っているかもしれない。

 さてここで、イベント事とは縁のなさそうな一人の吸血鬼について考えてみる。彼はクリスマスのことをどう考えているのだろう。一ヶ月程前のイベントである学園祭を参考にするならば、赤月時雨はクリスマスも自分には縁がない、もしくは、迷惑極まりないものだと思っているかもしれない。だが、意外なことに彼はクリスマスが嫌いではないのだった。彼が幼稚園児の時、この時期に両親と街へ出かけると、街全体が不思議な高揚感に包まれていた。そして、その中にいる時、彼はいつもこう感じていたのだ。


『よくわからないけど、何か良いことがありそう』


 漠然としているが、わからなくもない期待を、彼は普通の子供たちと同じように感じ取ることはできていた。そのため、こうして大人に近づいた今でも、クリスマスの雰囲気に触れると、心のどこかで、あのわくわくした感覚を思い出すのである。それに加え、現実的な視点から見ると、こういったイベント事は赤月にとってはある意味都合の良いものでもあった。というのも、誰しもが吸血鬼のことなど気にしている暇などなくなるからだ。楽しいことがあればそちらに興味を注ぎ、特に面白いことがなければ何かを見つけては吸血鬼を目の敵にする。

 そんなつまらない人間の関心を、サンタクロースは奪っていく。いや、目に見えないサンタクロースからの吸血鬼へのプレゼントと言ってもいいかもしれない。そういった意味では、学園祭自体もその役割を少なからず担ってくれていたわけだ。だがしかし、今年に限ってはヴァンパイアクリスマスは訪れそうにない。

「やはり、時雨君だったか」

「椿さん。これ買いに来たんですか?」

 近づいてくる糸車椿に吸血鬼がみせているもの。それは紙パックのアセロラドリンクだった。

「私が食堂に用があるのは、決まって吸血鬼ジュースを買いに来る時だけだからな」

「吸血鬼ジュースって……」

「この時間帯はいつも自動販売機の前も込み合っている。それ故に少々億劫ではあったのだが、今日は面白いくらいにここへの道ができていてな」

 確かに、糸車椿があるいて来た場所だけが、何かを避けるようにして人だかりが裂けていた。――いや、その前に何かが通った道を、彼女が辿ってきただけなのだ。

「どうやら君は疑われているらしい」

「今に始まったことじゃないですよ」

 少しだけ意地悪な表情になった椿は、自動販売機に小銭を入れながら言った。

「君はどう考える?」

「どうもなにも、血を抜かれたESPの死体が最近になっていくつも見つかったニュースが流れれば怪しまれるとは思ってました。俺からすれば馬鹿馬鹿しいですけど」

「まあ、その通りだな。史上最悪のイレギュラーと呼ばれている『血塗りの修羅』が犯人だという説が有力だと、ニュースでも話題に上がっているのだから」

 ――血塗りの修羅。史上最悪の若き異能犯罪者。幼い頃の写真だけが公開されているものの、未だに彼を直接見た者はいない。正確に言い換えると、彼をその目で見たESPは血の抜かれた死体となって確実に殺されてしまう、ということだ。

「死体が発見されてきた場所から考えると、笹原町に近づいてきているようにも思うのだが……どう思う?」

 赤月に背を向けて去ろうとした椿が足を止めて、そう言った。どうも最近の椿はどこか様子がおかしい。赤月時雨は、そう思った。確証はないが、この事件を楽しんでいるようにも思えるのだ。彼女の表情、口調、纏っている雰囲気。それらが、強化合宿以降、日に日に違和感を増しているように見える。

「椿さん、間違っても血塗りの修羅と戦おうだなんて思わないでくださいよ」

「まさか君は私の身を案じてくれるのか?」

 初めて人に心配されたとでも言いたげな、驚きと戸惑いを交えた表情で椿は赤月を振り返る。

「椿さんの力は本物だとわかっていますが、血塗りの修羅に関しては力が未知数。幼い頃に、たったひとりでESPの部隊を全滅させたって話も聞きます」

 椿は少しだけ落ち着いた表情に戻ると、左手を見つめながらこう言った。

「確かに、今の状態では殺されるのが目に見えているかもしれない。――なに、心配はしなくていい。私だって無駄に殺されに行くような真似はしないさ」

「……約束してください」

 そう伝えた時にはもう、糸車椿は背を向けてその場を去り始めていた。自分が最後に発した声は、見失った蜘蛛を探して彷徨っている。赤月時雨は、心のどこかでそんな不安と虚しさを感じていた。もしかしたら、彼の言葉はもう、彼女の蜘蛛の糸に囚われ、届かないものになってしまったのかもしれないのだから。


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