赤い月明り 其ノ一
時は少し遡り、肌寒い日が続く十一月の上旬。カーディガンスタイルに拘る生徒は、意地でもブレザーを着ようとはしない。私立黒崎高等学園のブレザーは中々のデザインだというのに、それに慣れてしまった彼らからすると、あまり魅力的ではないのだろう。しかし、そんな生徒は極一部であり、待ってましたとばかりにブレザーを自分なりに着崩す生徒が多いのが事実だ。特に女子の魅力が映える色使いになっているため、他校の生徒からの人気も高い。裏では黒崎学園の制服が高値で取引されている程だ。そんな憧れの黒崎学園の敷地内に入れる機会など滅多にないが、今日は違う。
――そう、この時期のイベントといえば、学園祭である。
「み―た――――ん! 美咲ちゃ――――ん!」
喜びと興奮に満ち溢れた大声を上げながら、中庭に駆け込んできた少女。金色の髪を蝶の羽のように舞わせ、二人の少女に抱きついたのは上羽巳忍だ。意外なことに、プライベートでも顔を合せているらしく、美咲も楽しそうにしている。赤月夜宵も彼女たちと一緒にいることが多いが、今日は不在のようだ。
三日月と夜宵のクラスの出し物は喫茶店。そうとなれば、お菓子作りに赤髪の吸血鬼が忙しくしているのも当然だ。彼女が持ってくるお弁当箱には、いつも凝りに凝ったおかずが敷き詰められている。そのため、夜宵の料理の腕はクラス内で噂になっていたらしい。ちなみに同じ物を持参していようとも、赤月時雨が誰かに弁当箱の中身を見られることなどなかった。ただしそれは、碧井涼氷と出会うまでの話だ。
「やっぱ……涼氷のお母さんだったのか」
青春を謳歌する生徒たちの活気が、自分にとって毒だとでも言いたげな顔をしている吸血鬼。屋上の手摺りに寄り掛かりながら、今を輝く時から外れた吸血鬼。そんな彼でも思わず身を乗り出して見つめる先には、青髪の親子の姿があった。赤月と文化祭を回ることを楽しみにしていた涼氷であったが、昨夜、彼女から一本の電話が入っている。
『こんばんは、赤月くん』
『どうしたんだよ、こんな時間に』
『あの、誘っておいて申し訳ないのですけれど……』
『もしかしてお母さんが来れることになったのか?』
『はい。だけれど赤月くんと――』
『気にすんなよ。忙しい母親が休みを取ってくれたんだから、ちゃんと案内するべきだ』
『きっとそう言ってくれるとわかっていましたが、流石に私でも申し訳ない気持ちになります』
『俺は元々ああいうの苦手だからいいって。――それに、俺たちには来年がある』
『……今のは、赤月くんから私を誘ってくれたと解釈していいのですね?』
『え……まあ、いいけどさ』
『それって、とても素敵なことだと思いませんか?』
『そうかもな。――俺が誰かを誘うなんて考えられなかったことだし』
『そんなことありませんよ』
『え?』
『――そう思ったんです。もう既に誘い出してくれている――と』
『なんかお前って、電話だと雰囲気違うよな』
『きっと、会えないのに声を聞けるだけで幸せだからです』
『――おい、からかうなよ』
『からかってなどいません』
『たとい息を引きっとっていようとも、私にはあなたの声が聞こえる』
『そう思えるほどに、私はあなたを――――』