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氷中花  作者: 綴奏
107/165

物語の交錯 其ノ二

 

 ◆


 暖かなダークブラウンのテーブルや椅子が無秩序に並んでいる部屋。窓の外に覗く真っ白な世界からして、自分の意識は長く断たれていたわけではない。そう確信した赤月が、今もソファで横になっているのには理由がある。

 雪に隠れてしまいそうな白髪の女性が、暖かな茶色で彩られた世界でコーヒーを飲んでいるのだ。その場面だけ切り取ってしまえば、どこかの小説にでも登場するヒロインのように思えるだろう。だがしかし、吸血鬼にとってみれば、それは警鐘といっても過言ではない。だからこそ、眼を覚ました後も、こうして息を潜めているのだ。とはいえ、いつまでもこうしているわけにもいかない。意を決してわざとらしい唸り声でも上げようとした、その時だった。木造の扉が重々しい音を吐き出しながら、とある人物を招き入れたのである。

「あれ、副大佐もいらしてたんですか」

 肩辺りまで伸びたブロンドの髪が王子様を思わせる、ESPのフィフスバレット。上下ともに真っ白なスキーウェアをまとった双流薫。彼は、この喫茶店に踏み込むのを躊躇うように、足を止めた。

「薫が来ると思ってたから、ここで待っていたんだよ」

 ふふっ――と、意地悪な笑みをみせたニコル・クリスタラ。彼女は読んでいた文庫本をテーブルに置くと、『さっさと座れ』というように、自分の正面の椅子を指差した。

「そこの彼はどうしたんです? 黒崎学園の吸血鬼君ですよね?」

 フィフスバレットの入店と同時に眼を閉じていた吸血鬼は、今も寝た振りを続けている。しかし、相手が相手だけにそんなものはとっくにバレているのではないか……。そんな恐怖に胃を痛めながら、彼は聞き耳を立てる。

 椅子を引く音とウェアの擦れる音。双流薫がニコルの正面ではなく、少し離れた席に腰かけたことが赤月にはわかった。副大佐の正面に座りたくない気持ちはわからなくもない。が、ESP5内でもそんなことが起きているのだから、やはりニコル・クリスタラは異質な存在の可能性がある。

「雪山で気絶していたところを拾ってきただけだ」

 気絶した理由は定かではないが、急に体調が悪くなって倒れ込んだ所までは記憶にある。そんな自分をわざわざこの喫茶店に連れて来て、毛布まで掛けて横にしてくれた人物があの副大佐という事実。疑うのも至極失礼な話ではあるが、かつての模擬戦で酷い扱いを受けた吸血鬼にとってはにわかに信じ難いことでもあった。

「珍しいですね、あなたがそんな優しい対応をするなんて。大佐のお人好しが移ったんですか?」

「ワタシだってたまにはこのルックスのままに天使のようなことをするさ」

「まあ、彼のことは任せます。そういえば、例の強化合宿の模擬戦の一回戦目、紫煙乱舞が開始と同時に相手を建物の外まで吹き飛ばしたと報告書で読みました。部位は忘れましたが、骨折するほどのものだったらしいですね」

 ここで、金髪の王子様はホットコーヒーを注文する。赤月でも聞きとりづらい声量で、店主はぼそりと返事をした。恐らく、注文者には何も聞こえてはいないだろう。

「あの時はワタシも油断していた。黒吸血鬼君という友達ができたことで少しは丸くなったかと思ったんだ。――人は、信頼できる人間を見つけると変われるものだからな」

「……かつての自分を見ているような気持ちにでもなったんですか?」

 ――一瞬の沈黙。どういうわけか、フィフスバレットはニコル・クリスタラに対して敵意とは言い難いが、棘がある物言いをするように思える。赤月が知っているフィフスバレットは、上司の尻に敷かれている人の良い部下……というイメージが強かった。それ故に、必要に距離を取ろうとするような彼に違和感を覚える。おまけに、いつ副大佐の堪忍袋の緒が切れるかわかったものじゃないため、そわそわしてならなかった。

「糸車椿は政界にも強い力を持つ糸車家の一人娘。ワタシと比較するのもおこがましいだろう、この戯け者が」

「それはそれは、失礼致しました。――そういえば、その件とは別に、強化合宿にて計五名が深夜に大怪我を負ったそうですが」

「ああ、あれか」


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