物語の交錯 其ノ一
「寒いよな。まさか十二月の二週目で雪が積もってるとは思わなかったぜ」
どこか遠い眼をして白い息を吐いている吸血鬼が言う。
急に後ろから声を掛けられた金髪の少女――上羽巳忍は、辺り一面の雪に心を奪われているのか、特に驚く様子をみせはしなかった。そんな彼女は、手にしていたホットティ―の缶を両手で包み込むように口にする。
「だよねー。でもこうしてスノボに行けるんだからいいじゃん」
彼らが今いるのは、雪山へと向かう途中にあるパーキングエリア。降雪のニュースにはしゃいだ忍が週末にユリアの運転でスノーボードに行こうと言い出したことから始まった。
「まあ、それはいいけど。幹事のくせに元気なさすぎじゃねーのか、お前」
「アタシ、本当は寒いの苦手なんだよね」
「まさかの展開過ぎて返す言葉がねえよ……」
「それよりほら、赤月。これ作ってきたからあげる」
金髪の少女が押し付けるように吸血鬼に渡した物は、可愛らしい小包に入ったマカロンだった。今までの一度だって手作りのお菓子を貰ったこともないし、クリスマスにはまだ早い。だからこそ、赤月は戸惑った。
「え、急にどうしたんだ?」
「アタシだって女の子だからたまにはこういうのも作るの。……恥ずかしいから、スキー場に着いたらこっそり食べて。絶対だからね。捨てたら殺すから」
「わかったから髪引っ張ん……っ!」
言葉尻が切れた赤月の視線の先にあるもの。それは右腕を骨折しギプスで固定している三日月の姿だった。お土産コーナーを見てきたらしく、和菓子の包みのようなものを左手で大事そうに持っている。涼氷がそれを受け取ったところからして、車内で彼女が食べさせてあげるのだろう。
「なあ、忍。三日月の腕なんだけど、お前にも折れた理由は言ってないんだろ?」
「……うん、アタシにもわからない。あ、収入の件は心配しないで。店長にもアタシのシフト時間被せてもらってフォローしてるから」
「……そっか。何かあったらウチで面倒みるから遠慮しないで言ってくれよな」
「うん、夜宵ちゃんもそう言ってくれたよ。そういえば、やっぱり夜宵ちゃん来てくれなかったんだねー」
「あいつは寒いのが大の苦手だから、説得しても無駄だった。それは想定内だったけどさ、まさか椿さんが来てくれるとは思わなかったよな」
赤月と忍の視線の先には、制服と同じく、私服でもロングスカートを履いた糸車椿の姿があった。恐らく、彼女の脚には今日も短刀が括り付けられているのだろう。何も知らないでナンパした馬鹿な大学生が雪の塊に頭を突っ込まれるのを目撃したが、赤月たちは特に気にも留めていなかった。むしろ短刀に手が伸びなかっただけでも運が良いのだから。
「しーくんたちー! そろそろ出発するよー!」
忍の元気を吸収してしまったかのように、大きく手を振って二人を呼ぶ避雷針ユリア。大のスノーボード好きということもあり、既にウェアを着て準備万端だ。ある意味、赤月一行の中で一番若い。
「行こうぜ、忍。ありがとなコレ。ちゃんと後で食べるからさ」
「うん、約束だからね」
そういって、上羽巳忍は吸血鬼を残して走り去る。恥ずかしさからか、はたまた全く別の理由なのか。それは定かではないが、金髪の少女は何かから逃げるように、友人たちが待つ車へとその身を隠す。そんな蛇の少女が見えなくなるまで、ずっと。吸血鬼はその後ろ姿を見つめていた。肩から消えかけている、彼女から引き受けた孤毒の爪痕が疼くのを感じながら。




