眠らない夜 其ノ七
「しーくーん! アイス買ってきたからみんなで食べよー……って何してんの」
説明するのも面倒な上に、自分が不利になりかねないため、赤月は椅子を持ち上げたまま固まっている。涼氷はというと、何事もなかったかのようにベッドに腰掛けていた。そして、涼しい顔をして適当なことを口にする。
「負けたのが悔しくて、椅子を武器に再戦を申し込むと言っているんです」
「え……へえ。頑張ってね……」
「忍みたいに真に受けたリアクションすんなよっ!」
――何はともあれ、アイスを口に運びながらも、彼らは真面目な話をし始めていた。
この合宿の目的は他校の代表者と模擬戦を行うことで、様々な戦闘スタイルを知り、それらに対処する能力を身に付けるところにある。そのためリーグ戦の形式をとっているが、第一試合から失神した赤月は棄権扱いとなったらしい。
「それじゃ、俺がいたBリーグから進んだのは伊原か」
「伊原くんは同じような戦い方して他校の生徒に負けちゃった」
少し困ったような表情で答えたユリアを見つめる吸血鬼。彼は顎が外れたのではないかと思うくらい口を開けている。あのセカンドバレットが、あろうことか他校の生徒にまで勝利を譲るとは思えなかったのだ。散々自分に殴られておきながら、最後の最後に本気で潰しにかかってきた伊原がそんなことを許すはずがない。
「ちなみに、私の前にいる人が優勝者ですよ」
隣に座る涼氷が顎を持ち上げてくれたことでやっと口を閉じたものの、それもすぐに意味をなさなくなった。馬鹿みたいに口を開けて眼を見開いている吸血鬼が見つめる人物。確かに黒崎学園のセカンドバレットが敗北したとなれば、避雷針美咲が決勝戦に進むのは当然だ。しかし、いくらなんでも優勝は考えられなかった。
「――まさか、椿さんに勝ったのか?」
椿の強さを直に感じたことのある赤月は、顔を引きつらせて変な汗をかいている。すると、美咲は微笑みながら首を横に振った。
「ファーストバレットは私でどうこうできる人ではないわ。今回優勝できたのは、赤月君、セカンドバレット、そしてファーストバレットがすぐに試合から外れたからよ」
「え……それって、つまり」
――糸車椿は黒崎学園のサードバレットでもない人物に倒されたということになる。しかし、美咲が優勝しているということは、彼女がその人物を倒した。もしくはその前に別の人物に敗北したということになる。
いずれにせよあの紫煙乱舞が――何者かに敗れたのだ。伊原の行動といい、糸車椿の敗北といい、意識を取り戻したばかりの吸血鬼の頭では処理し切れるものではない。今にも壊れてしまいそうな赤月時雨を心配そうに見ながら、ユリアが遠慮がちに口を開く。
「それでね、しーくんには言いにくいんだけど……」
「糸車さんは初戦相手の肋骨を複数本折ってしまったので、棄権させられたんです」
避雷針姉妹と違い、特段気にする様子もなく碧井涼氷は事実を述べた。
――まるで、そうなるのが当然のように。
「……どういうことだ? 相手が何かヤバいことしたのか?」
「ホイッスルがなると同時に対戦相手は窓ガラスを突き破って飛ばされていきました」
アイスの棒に付いていたひとかけらを舐めとった涼氷は、満足そうにゴミ箱を求めて部屋の隅へと歩いていく。残された避雷針姉妹は、厳しい顔付きになった赤月の顔を不安そうに覗き込んでいる。
「多分、一瞬で終わらせようとしたんじゃないかな? ホントに……一瞬だったから」
しかし、吸血鬼の耳にはそれが届かなかったのか、彼は顎に手を当てて妹の方に問う。
「椿さんが俺以外の異能者と戦ってるとこ見たことあるか?」
「ないわ。バレットを名乗る人間は基本的に能力開発試験もしないから」
乱れていた黒髪をさらにボサボサにするように頭を掻き始めた赤月は、俯き気味に、溜め息を吐きながら言った。
「だよな。――俺ちょっと椿さんに会ってくるわ」