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氷中花  作者: 綴奏
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眠らない夜 其ノ六

 

 ◆


 赤い世界が見える。

 そこは息苦しいあの世界ではなく、心臓を握り潰されるような感覚が満ちた世界。

 逃げ出すように、自分を責めるように、そこから飛び降りたのは――


「……くん」

 呻き声と共に伸ばされた吸血鬼の手に触れたのは、白くて華奢な腕だった。それを強く掴んだ瞬間、彼は眼を開けて飛び起きている。

「赤月くん、もう大丈夫ですよ」

 いきなり強引に抱き締められたものだから、青髪の少女は少し辛そうな態勢になっている。それでも、顔を真っ青にして情けのない悲鳴を上げた吸血鬼の少年を優しくあやし始めた。少し前からうなされ始めていた赤月時雨の息は、苦しそうな程に乱れたままだ。

 どうやら、悪い夢でも見ていたらしい。

「……涼氷?」

「はい、赤月くんの大好きな涼氷ですよ」

 お互いがお互いの肩に顔を預けるようにして抱き合っていた二人は、そっと離れて視線を交わす。冷たい仮面を被っているようでいて、どこか温もりのある微笑みをみせる青髪の少女。そんな彼女の肩を掴んだまま、吸血鬼が苦しげにこう言った。

「何、してんだ……お前」

 綺麗なストロークで叩き込まれたビンタは見事としか言いようがない。痛々しいというよりもむしろ、気持ち良いくらいに反響する音が生まれた。

「――いってええ! てゆーか、何で俺はお前んとこの病院にまたいんだよ!」

「……」

 そもそも新幹線に乗って地元に戻るはずがない。それに吸血鬼の中でもトップクラスの頑丈さを持つ彼がそんな丁寧な扱いを受けるわけがないだろう。その代わりに胸倉を掴まれた吸血鬼は、無表情になった涼氷から雑な治療を施された。

「しゅっ、じゅひ……ぶっ――もうだいじょうぶっ!」

 往復ビンタを食らうにつれ記憶が戻ってきたのか、頬を赤く腫らした吸血鬼は涙目になりながら訴える。

「わりい……酷いこと言ったな。……最初は自分の部屋だと思って、その後は碧井病院かと思ったんだ」

 後頭部にできたたんこぶを恐る恐る確認し出した彼を見て、涼氷は彼の頬を突き始める。

「いきなり抱き締めてくるものだから、初めて赤月くんに会った時のことを思い出しました」

「え……さっきのはお前から抱きついてきたんじゃないのか?」

 キョトンとしている赤月を無視した青髪の少女は、徐に椅子から立ち上がる。そして、華奢な腕を精一杯使って椅子を頭上に掲げ始めた。それも危なっかしいくらいフラフラとしながらだ。

「うわ、やめろって! ……でも、俺から抱きついた記憶な――――くないですっ!」

 重さに堪え切れずプルプルし出した涼氷の手から椅子を取り上げようと躍起になっていると、看護室のドアが開いた。しかし、小学生のような喧嘩をしている二人はそれに気づいていない。

 吸血鬼の脇に擽り攻撃を仕掛ける少女と、奪い取った椅子を彼女の頭上に落とさないため必死に堪えている少年。仲が良いのか悪いのかはわからないが、見てはいけないところを見てしまった気がしたのだろう。一度部屋に入りかけていた人物は、そっとドアを閉めて去って行った。

 と思いきや、何やら廊下が騒がしくなった直後に避雷針姉妹が看護室に入ってきている。ちなみに、妹の美咲の方は無理矢理手を引かれているといった感じだ。


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