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氷中花  作者: 綴奏
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青眼の蜘蛛 其ノ六

 

 ◆


「美咲さん」

「あら、赤月君。お互い無事だったみたいね」

 糸車椿が去った後、赤月が向かった救護室には、かすり傷の消毒をしてもらっている美咲の姿があった。やはり大きな怪我はなかったらしい。

 その数分後、彼も腕に包帯を巻いてもらい、二人でそこを跡にしている。

「……ごめんな」

「あなたが謝ることじゃないわ。自分の実力不足だし、あなたの名前を呼ぶこともできなかった」

 春の風に吹かれる茶色い髪はとても綺麗だった。赤月が何も口にしなかったのは彼女に見惚れていただけではない。助けを求められたとしても、何もできなかったであろう自分を責めていたのだ。

「それに、私を助けようと頑張ってくれたみたいですね。姉から聞きました」

「まあ、一方的に蹴られてただけなんだけど……」

「それでも、心配してくれたのは嬉しかったわ。――ありがとう」

 真っ当な生徒に感謝の言葉を口にされたことがなかった赤月は、彼なりの笑顔で返したが、どこか引きつっている。

「赤月君はもう少し笑う練習をした方が良いかもしれないわ。ただ、今はあの子のところへ行ってあげた方がいいのでは? 先程から心配そうに見ているわよ」

 美咲の視線を辿って振り返ると、制服に着替えた涼氷が木に寄り掛かっていた。赤月と目が合うと、手に持っていた小説に視線を落とす。

「そういや、あいつに御礼言わなきゃいけないんだった。それじゃ、お大事に」

「ええ、赤月君も」

 校舎に向かっていく美咲と別れを告げた赤月は、小説から目を離そうとしない涼氷に声を掛けた。

「涼氷、ありがとな」

「え、いきなり何のことですか?」

 実にわざとらしい演技だ。

 ただ、彼女の自信満々の表情からして本気の演技のように思えて仕方がない。

「あれって、お前の能力なんだろ?」

 涼氷はやっと小説から目を離し、不思議そうに赤月の眼を見つめる。

「気づいていたの?」

「最初は錯覚かと思ったけど、二回目でお前だってわかった。俺が腕を噛む直前と、自分の武器で殴られそうになった時、だったよな?」

「正解です。といっても、私が時を止めることができるのは二秒程度に過ぎませんし、力を発揮できる対象もある程度限られています」

 あれがなかったら、赤月は比較的余裕を持って対処することができなかった。

 ちなみに糸車椿も邪魔が入ったことに気づいているはずだが、そのことについては口にしてはいない。これがあの伊原だったとしたら、涼氷は大怪我を負っていただろう。考えただけでも恐ろしいものだ。

「傷が無い時は無理矢理作るんですね」

 涼氷の視線が自分の腕に注がれていることに気づくと、赤月は言った。

「これなら問題ない。俺の妹が名医でさ、外傷なら大体塞げるんだ。額の傷ももうないだろ?」

「人間ハンマーを見たばかりだから、大丈夫だとは思っていました」

「ネタみたいに言うなよ!」

 冷静な涼氷からすればアクション映画のワンシーンを観ているような気分だっただろうが、赤月にとっては地獄のメリーゴーランドだ。

「……そういや、グラウンドに来てるだなんて思わなかったぜ」

 小説を閉じた涼氷は顔を近づけて赤月の眼を覗き込む。

「あなたの頬にしたキスの代償をまだ受け取っていません。死んで踏み倒されても困ります」

「勝手に変なもん押しつけんなよ!」

「私の唇が変なものですって?」

「そっちじゃねえ! 代償のほ……!」

 涼氷の薄くて綺麗な唇が、赤月の頬に触れる。

 以前とは反対側に。

「また、私に借りができてしまいましたね」

「お前な……やつらから助けたんだから、チャラだろ」

 すると、彼女は細い指で自分の唇を指差した。

「あれは私の唇の端くらいの功績ですね」

「ちっさ!」

 気づけば吸血鬼のそばにいる口の悪いお姫様。日数でいえば、まだ二日しか関わっていないけれど、一緒にいてどこか落ち着く青髪の少女。

 ずっと一人だった吸血鬼は心の中で葛藤している。

 碧井涼氷を友達だと思ってもいいのか、と――


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