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氷中花  作者: 綴奏
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赤き返り血 其ノ一

 

 ――すみません、という声。長めの黒い前髪を揺らしながら、どこか近寄り難い雰囲気の少年が振り返った。そこには新入生と思われる女子生徒が弁当の包みを両手に持って立っている。この場面だけ切り取ってみれば、アニメや漫画の世界にでもありそうな青春の芽吹きにも思えるだろう。

「友達とここでお昼を食べたいんですけど、いいですか?」

 そう、現実とはこういうものである。――確かにこの少年がいつも屋上を独占しているものの、学園施設である屋上は彼だけに属するものではない。そういう点を考えると彼女の質問に疑問を覚えるところではあったが、黒髪の少年は返事をするどころではなかった。彼は無言のまま血走った眼を見開き始めている。それを見て後退さる女子生徒の手を、追ってきた友人たちが必死に引いていく。

「(ちょっと、前に話してた赤時雨ってあの人のことなんだから)」

「(め、目が血走ってた、なんかヤバいよこの人……)」

 囁き合う彼女たちが知るはずもないが、眼を血走らせた少年の耳には、その会話が届いていた。普通ならば聞こえないはずだが、彼には嫌でも聞こえてしまうのだ。――ただ、その一方で、彼女たちにも聞こえたものがある。

  それは『赤時雨』の恐ろしい呻き声だった。

「やだっ! 走ってこっち来てるよ!?」

 正しいけれど、間違っている。

 ――一年生女子の悲鳴を潜り抜け少年が向かった先は食堂だった。今は自動販売機のボタンを連打しているところだが、もはや何の商品が出てくるかもわからない。

「……!?」

 不幸なことにどうも故障したらしく、飲み込まれた小銭も、商品も出てくる様子がない。しかも、隣にある自動販売機には「故障中」と大きく書いてあった。けれど、不幸中の幸いというものは存在する。顔を紫色にしている少年は食堂の奥に設置されている無料のドリンクサーバーを見つけたのだ。

 稀に「食堂にお茶飲みにいこうぜ!」という会話を耳にすることはあった。しかし、人が集まる食堂に足を踏み入れない彼には、自動販売機のことを指しているのか、無料のドリンクサーバーがあるのか確かめる機会はなかったのである。そして、第二学年に進級した彼は本当に実在していた「タダ茶」の存在を認識し、実感することとなった。一年越しの謎解きの気持ち良さと一緒に、喉に詰まっていた問題も流れ落ちていく。水道水を絶対口にしない派の彼は、米を喉に詰まらせながらも、その信条を守り抜こうとしていたらしい。というのも彼にはカルキ臭がキツ過ぎるため、そのまま飲むことができないのである。

「(ねえ、いま自動販売機を殴ってなかった?)」

「(絶対イカれてる。早く屋上に帰らないかな……)」

 無数の視線を感じて顔を上げると、食堂にいる生徒たちは一斉に視線を逸らした。その中には、たったいま食堂に入ってきたと思われる、先程の一年生女子の姿もある。彼女たちが逃げるように食堂を去ったのは言うまでもないだろう。

「……また、やっちまった」

 ――赤月時雨には友達ができない、というよりもむしろ、必要最低限の人間関係というものを心掛けていると言ってもいい。それに違いはないのだが周りの人間から見れば、どちらも同じことだろう。いずれにせよ、彼はとある理由で学校中の生徒から避けられている。先程のように、何も知らないで話し掛けてくる生徒もいるが、それは新入生が学校生活に不慣れなこの時期特有のものだ。あと一週間もすれば、屋上に近づく者もいなくなるに決まっている。

 そんなことには慣れっこである赤月ではあったが、どうも真っ直ぐ屋上に戻る気にもなれず、学校の敷地内で人気の無いベンチを探していた。ここ、私立黒崎高等学園の敷地内は馬鹿みたいに広いため、探せば誰もいない場所を確保することができるのだ。

 それにしても、赤月時雨の顔色は相変わらず優れない。おにぎりに殺されかけたこともあるが、昼前の授業で特大ジャーキングをしてからやけに気分が悪いのだ。

「すみません」

 当然、赤月時雨の心には緊張が走った。一日に二回も声を掛けられるのは何かの危険信号である。そう確信した赤月は、同じ失敗を繰り返さないよう慎重に振り返った。しかし、数分前とは違う意味で無言になってしまっている。

 彼の眼の前にはとんでもない美少女がいた。青髪ロングのストレートヘア、氷のように透き通った白い肌。さらには、美しさと可愛さを絶妙な比率で持ち合わせている。まさに完璧と言ってもいいだろう。

「転校して初めての登校なのですが、二年生の教室は……」

 ――なんということだろう。赤月時雨は赤信号を自分で確認しておきながら思い切り無視をした。気づけば、その美少女をこれでもかというほど強く抱き締めている。数秒の沈黙の後、青髪少女に突き飛ばされた赤月は彼女の鞄の一撃を頭に食らった。あいにく体調が悪かったこともあり、彼は大の字になって悶絶してしまう。そんな情けのない姿を晒す者がいる一方で、青髪の少女のついさっきまでの御淑やかな雰囲気は姿を消している。当然のことであるが、そこにいるのは氷のように冷たい目をした少女だった。だがしかし、そんな彼女は踵を返して去ろうとしたものの、自分の目を疑うかのように振り返ると、こう呟く。

「赤い……涙?」


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