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へそくり

作者: 竜宮 景

ショートショートです

ある女が悩んでいた。


女は極一般的な家系に生まれ、大病にかかることなく健やかに育ち、二十歳になるころ商社に勤める男性と結婚した。順風満帆とはいえないまでも、幸せという言葉を呟くには十分すぎる人生だ。だから女の悩みは自分の人生だとか、夫との関係だとか、世界情勢だとかそんな大それたものではない。むしろ今日の天気だとか、スーパーの安売りだとか、晩御飯のおかずをどうするといった悩みに近かっただろう。


その悩みと言うのは、主に女の趣味に因るものだった。

日進月歩の家電製品のおかげで、日々楽になる主婦業を女は退屈に思っていた。半日もあれば一日の仕事の大半は終えれてしまうからだ。余った時間は趣味のない女にとって無駄以外の何物でもなかった。

そんな時に考え付いたのが、『内職』というものだ。送られてくる簡単な単純作業の繰り返しで時間が潰せる。家計はとりわけ厳しいわけでもなかったが、小遣い稼ぎになるのも魅力的だった。


バーコードシールの貼り付けや、フェルトの標本作り、鈴の袋詰め。どれも一個二、三円程度の歩合だが、女は飽きることなくそれを毎日こなしてきた。


しかし、それが十年くらい続いた頃、ある仕事が女の元に送られてくるようになった。

最初その仕事を見た時は酷く困惑したものだが、今ではもう慣れたものだ。


それは『一秒の検品』という仕事だった。


簡単に言えば、一秒が正確に創られているかを確認する仕事だ。女の元に集められた一秒の中には、極端に短かったり長いものは無いが、どこか歪で正確じゃない一秒が沢山紛れ込んでいる。女は正確なものと、そういった失敗作を振り分け、雇い主に送り返す。一秒一つにつき十円という中々の歩合の仕事だった。

特に才能も特徴もない女であったが、唯一の特技があった。中学、高校の六年間を陸上部のマネージャーで過ごした経験から、時間の感覚だけは優れた物があったのだ。ストップウォッチが無くともコンマ1秒まで正確に測れる程に。


問題は女の時間感覚が思っていたよりもずっと優れていた事にある。


女はちょっとした出来心で、雇い主に一秒の入った箱を送り返す前に、その中から失敗した一秒をほんの少しづつくすねていった。それを何度か繰り返す内に女が集めた歪な一秒の塊は、完全な一日になってしまったのだ。


自分の手中にある一秒を眺め、女はそれがもつ可能性を推し量った。仮に悪党であれば、その一日を使って銀行強盗をするだろう。仮にサラリーマンなら日々の疲れを癒すために使うだろう。大学生ならレポートの期限を延ばすために使うかもしれない。死の淵にいるものなら寿命を伸ばそうと考え、子どもは夏休みを一日増やすことだろう。


しかし、よくよく考えて見れば自分には一日の使い道なんてものは無いのだ。

そもそも毎日の退屈を紛らわすために始めた内職で、さらに退屈な一日を創ってどうする。


女は色々考え夫に譲る事に決めたが、無欲な夫はそれを拒んだ。

だからこそ女は悩んでいるのだ。


一日の価値は人によって変わるが、決して軽んじられる物では無い。

万が一にも信用できる誰か以外に渡す事は出来ない。そして失敗作とはいえ、盗みを働いたと言う罪悪感から警察に申し出る事も躊躇われた。


結局、女はそれを使う事はせず、タンスの奥深くに隠しておくことにした。

いつかコレを使う日が来るかもしれない、と。



やがて、いつの日か女はそれを隠していた事をスッパリ忘れてしまった。家計に危機が訪れるわけでもなく、凡庸な家庭には泥棒が入る事もなければ、大災害に見舞われることもなく、ただただ長い月日が流れる様に去って行く。女が死に、其の子が死に、更に時が過ぎても決して誰にも見つかる事なかった。



そうしてこの世界からその一日は静かに忘れ去られ、最後の一日は誰の元にも渡る事は無かった。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


ショートショートってスタバのサイズにありそう

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