53話
翌日、準備を終えていつもの様にミーティングを開始する。
「今回出るモンスターは水の精霊が新しく出るようになる。魔法攻撃で倒せば問題ないそうだ。あとはユニークがこの階にいるらしい。こいつは手を出しても向かってこないが、正面に移動すると食われるそうだ。相手にするつもりはないのでそのつもりで頼む」
一気にまくし立てる。皆は特に言いたい事もないようだ。
「コクとティア、エンには今回留守番を頼む事になる。コク、ティア、エンの事をよろしく頼むな」
そういうとコクは気にしていなかったが、ティアは肩がビクンと跳ねる。まだ駄目なのか。ティアの頭を撫でて頑張るように伝える。これくらいしか出来ない。
「さて、行こうか。今日中にボス前まで進めたい」
今日の目標を伝え俺たちは4階へ向かい、魔道具を使用して魔法陣へと入る。
今回もタリス主導の下、探索を開始する。水の精霊は所々で見かける。戦闘中の参戦に気をつけよう。突然湧いてくる訳でもないようなのでサーチアンドデストロイでいい。
リザードマンと鮫と蟹には慣れたもので危なげなく掃除していく。この適応力は迷宮補正が働いているのだろうか。普通は訓練をしっかりやらないと出来るものではない。
水の精霊は見つけ次第撃退する。遠くから魔法の掃射で消滅していくとか哀れだ。しばらく探索を続けているとそいつがいた。
それは巨大な魚のようにも見える。クジラとはまた別だ。あくまでシャープな印象がある。巨体をゆっくりと動かし正面に居るリザードマンや鮫を食べながら泳いでいる。
少なくとも全長40mは越えていると思う。大きすぎて俺たちがちっぽけな存在に見える。
(なるほど、攻撃しても向かってこないのは敵にすら思われていないのか……)
俺たちは迷宮探索をしていることすら忘れしばらくその巨大な魚を見ている。幻想的な光景である。
タリスに合図を送ると探索が再開される。その魚以外には特に変化のある様子はなかった。無事ボス前の部屋に着くと楔を設置して拠点へと戻った。
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「今日の探索は終了だ。各自、自由に過ごしてくれ」
そう言って解散する。
(さて、ティアとエンはどうなったかな)
生体感知をするとティアは自室に、魔力感知をするとエンはティアの部屋に居た。修羅場でも起きているのだろうか。
恐る恐るティアの部屋を覗いてみると2人が芝生の上で寝ている。何があったのか解からないが、仲が良いのは良い事だ。そう決め付け俺は部屋を後にする。
明日はボス戦だ。そのための情報収集をしようとパソコンへと向かう。掲示板の話では、魚人が複数存在するそうだ。
リザードマンではなく、魚人である。魚に手足が生えた感じらしく、昔どっかの漫画で見た気がする。
それが大量に居て乱戦になるとのこと。敵単体はそこまで強くないらしいが、数がとにかく多いので盾が破られるとそのまま全滅する事もあるらしい。
(前衛が3人は欲しいが……コクとエンは戦力外だし、ティアは水中では制限なんだよな)
ないものねだりである。結局は現状の戦力で向かうしかない。
(この前の乱戦みたいにやるのも手かも知れないな)
ネクは炎王の鎚で遊撃、俺がパーティを守り後衛が突破されないように牽制しつつ迎撃という形である。前回は咄嗟にやったが、敵を全てこちらに向けさせないという意味では十分効果があった。ただ、ネクに対する負担が大きい。
(それが無理ならレベルを上げて力押しするしかないな)
そういう方向で決めた。ネクには少し申し訳無いが、あの嬉々として戦場に向かう姿を見るとそれでいいや、という気分になる。
問題はこっちの防御、つまり俺だ。魚人は下位の水魔法を使ってくるらしいが、これは盾で打ち消せる。後は槍の攻撃と泳ぎで突破される可能性がある事だろう。
槍はリザードマンで慣れているからどうにかなりそうだが、突破に関しては何か対策を取って置いた方が良さそうだ。
「パステル、ちょっといいか?」
コタツで読書をしていたパステルに声をかける。パステルは本を読むのを止め、こちらへ寄って来る。
「はい、なんでしょうか?」
笑顔で答えてくる。だが、俺は知っている。最近、クウと訓練所であの訓練を未だにやっている事を。今は関係ないけど。
「ボス戦の対策について1つ聞きたい。この前の乱戦の様にネクを遊撃、俺は皆の護衛になろうと思う。その際に俺と共に精霊を戦わせる事は出来るか?」
思い立ったのは豊富な魔力を使った精霊召喚である。1体でも居れば大きいし、複数呼べるのであればかなりの戦力増加に繋がる。
「そうですね。精霊を呼んで防衛に回せば以前のような突破はされなくなると思います。ですが、そうすると私が精霊の制御に回らないとなりません。火力に不安が出るのではないでしょうか?」
確かにそうすると火力を出せるのがリムとタリスになる。
「それなら、精霊を2体同時に召喚する事は出来ないか?」
何気なしに聞いてみる。
「なるほど……今まではやった事もありませんでした。精霊召喚はかなりの魔力を消費します。1体であれば私のスキルで維持できますが、2体となると……試してみましょう」
出来るかもしれないし、出来ないかもしれないとのこと。そうして精霊魔法を試す為に訓練所へと向かった。
パステルは訓練所の中央で精霊召喚の詠唱に入った。俺は邪魔しないように訓練所の端まで下がる。まずは1体目の水の精霊を召喚。ここまではいつも通りだ。パステルはその状態で次の精霊の詠唱に入った。
そして、2体目の召喚にも成功する。
「おお、出来るじゃないか」
俺が感嘆の声をあげる。
「いえ……これはかなりきついですね……」
パステルが苦しそうにしている。これは危険な兆候かもしれない。
「もう中断するんだ。無理して使った所で実戦では使えない」
実際使おうとしても長期戦である以上すぐに魔力の枯渇が始まるだろう。ただでさえぎりぎりの戦闘で1人減ったらそれだけで下手したら瓦解する恐れがある。
パステルは召喚を終わらせるとふらついている。俺は肩を貸しコタツまで移動する。かなりやばかったようだ。
「パステルでも無理だとするとこの案は無理そうだな」
何だかんだでパーティで一番魔力の多いのがパステルである。それでも出来ないのであれば精霊魔法を他のメンバーに覚えさせても難しいだろう。
「はい……今はまだ無理ですが、もしかしたら鍛錬次第でいけるかも知れません」
もしかしたら精霊魔法のスキルを上げればいけるのかもしれない。だがそれは、今すぐどうこう出来る訳では無い。
「ああ、いずれ出来るようにもっと強くなろうな」
そうなったら戦闘の幅が広がるだろう。
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※残酷な表現があります。苦手な方は次へどうぞ。また冒頭に簡単なあらすじは書きます。
翌日、準備を終えるとミーティングを開始する。
「今日はボス戦だ。敵は魚人が大量に居て、乱戦になる。魚人は槍を使い、下位の水魔法を使ってくる」
ここまでで一旦切り仲間を見渡す、特に何もなさそうだ。
「戦闘は前回の長期戦と同じようになると思う。それでネクは炎王の鎚を持って遊撃、俺は残り皆の護衛をする。パステルは精霊を召喚して俺と一緒に戦わせる。リムとタリスは魔法保護もあるから巻き込むのを気にせず魔法を使ってくれ。クウは怪我をした人の回復や後衛組にポーションを飲ませる役目を頼む」
戦い方を指示する。両手が塞がっているなら無理やり飲ませれば良いじゃない。
「ここまでで質問はあるか?」
見回しながら聞いてみる。皆一様に頷く。どうやら賛同を得られたようだ。
「では、ボス戦に向かう。無理はするなとは言えない。だが、生きて帰ろう」
そして俺たちはボスの部屋の前まで移動する。
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生体感知を使うとボス部屋の中に大量の魚人が居る。大体300匹程だろうか。これは大変そうだ。
「作戦通り行くぞ」
それだけ告げると、魔道具を使用しボス部屋に入る。初の水中戦のボスだ。
ボス部屋の扉が閉まる。俺たちは入り口に陣取る。パステルは精霊を召喚し、ネクは炎王の鎚を取り出し身構える。生体感知を開いたまま少し待つと敵が徐々にこちらへ寄って来る。
先遣部隊が目視で確認できるほど近付いてくる。後衛組は範囲魔法の詠唱を開始する。範囲魔法の射程に入ると一斉に魔法を使用する。前の乱戦の様に先遣部隊は全滅する。生体感知の反応もかなりの数が減ったと思う。
(さぁ、ここからが本番だ)
そう気合を入れる。抜刀し、盾を構える。すぐ近くにパステルの召喚した精霊が配置される。敵がどんどん近付いてくる。そして戦いの火蓋は切られた。
ネクは黒い炎を纏った鎚を片手に持ち敵の集団に突撃していく。俺は後衛に被害が及ばないようにその場から動かずじっと固める。
そして、俺の前にも魚人がやってくる。魚人は槍をこちらに突き出してくる。俺は半身をずらしてかわすとそのまま剣で下から切り上げる。鱗はそんなに硬いわけではなくそのまま魚人の頭を切断する。どうやらリザードマンと違い剣は普通に効きそうだ。
どんどん休みなくやってくる敵を迎撃する。精霊のお陰もあって突破されるような失敗はない。このまま順調に殲滅できるかと思ったとき突然メッセージが流れる。
*戦闘エリアに乱入者が現れました。ご注意下さい*
(なんだそれは!!)
迫ってくる魚人を切り伏せるとタリスの方を向き、”気をつけろ”と口だけ動かす。タリスの顔がハッっとなって生体感知を行った後皆に号令を出す。
『皆気を付けて!水龍が来るわ!!ネクは引いて』
タリスが探知で正体を突き止めて指示を出す。ネクが慌ててこちらに引き返そうとする。だが、すぐその集団を何かが通り抜けた。瞬時に魚人が臓物をばら撒きながらバラバラになる。そして、そのバラバラになっている中にはネクも居た。すぐに全て粒子となって消え去る。
(……一撃だと……)
そしてその虐殺を一瞬にして終えた主はこちらをゆっくりと見る。それと同時にこちらには凄いプレッシャーがかかる。その龍は西洋の龍とは違い東洋の掛け軸などに描かれる細長い形のようだ。そしてその周囲には凄まじい速度で水が動いているのが見える。
(あれは、ウォーターカッターか?)
高圧水流というのを聞いた事は無いだろうか?金属の切断などに扱われる奴である。水龍が水流とか駄洒落を言っている場合ではない。水龍は周囲の魚人を殲滅させながらこちらへと向かってくる。その光景はまさに虐殺である。
凄い速度で周囲の魚人を虐殺しながらこちらへと向かってくる。あの大きさからして避けるのは無理なようだ。
(ならば、正面からぶつかるまで!)
無茶だろう。数十倍の体積の差の相手である。だからと言って回避出来るほど相手は遅くない。ましてや周囲にはウォーターカッターが渦巻いている。
(あれに当たったらミンチだな。マジで震えてきた)
最後まで恰好を付けられない男である。とは言えあれほどの圧倒的な力の差を見せられては無理もない。隣に居た精霊がそのまま水龍へと突撃する。パステルは少しでもボスの情報を引き出そうとしているのかも知れない。勝てない戦いだとしても情報だけは引き出す、その姿勢に感服する。
(……そうか、勝てる戦いではない。ならば情報を少しでも集めるべきだ)
ボス部屋なので外に逃げる事も羽を使って退却も出来ない。なら、俺たちに出来るのは抵抗する事ではない。情報を集める事だ。剣を鞘へと戻し盾を両手に構える。
(正面からぶつかってその力、試させて貰う)
ウォーターカッター対策している事を前提に考える。なら必要な情報はそれがなくなったとき正面から盾で耐えられるかどうかだ。
精霊をバラバラに切り裂いた水龍はこちらへ突進してくる。俺はそのまま盾を両手で構え迎え撃つ。正面にカッターはないようだった。
水龍の頭と俺の盾が正面からぶつかる。俺は気合を入れその場で踏ん張る。そして相手の力が弱くなったのを確認するとそのまま押し込む。
(腕がやばいな……何度も耐えるのは無理そうだ)
そうなると次の戦いでは盾で正面から受けるのは危険だ。受け流すか、かわすしかない。あくまでカッターの対策が出来ている前提ではあるが。
そして水龍は泳ぎ位置を転進させる。正面からは無理だと悟ったのだろうか、俺たちの上に移動する。
(まさか、上からの突進か!?こいつ地面に激突するつもりかよ!)
俺たちが立っているのは水中とは言えしっかりとした地面である。そこにぶつかるのも気にせずに突っ込んでくるとは予想しなかった。
そのまま俺と後衛4人の間に突っ込んでくる。俺は咄嗟に盾で防御するが、カッターに弾かれ強烈な力が腕に加わる。その力に耐えられなかった俺の腕は骨を折り、そしてそのまま千切れる。
だが、生き残った。本来であれば喜ばなければならない所だが、この復活する世界では死んで出直した方が良かったのかも知れない。
地面に激突する寸前に水龍がその場で身を翻して反転して上の方へ向かう。そこに残ったのはバラバラに引き裂かれた後衛の4人であった。
(ああ……)
仲間たちが粒子へと変わり消えていくその光景を見て俺は涙を流す。仲間が死ぬ光景は何度も見たが、慣れる事なんて出来ない。したくもない。
俺は盾を投げ捨てる。右腕は吹き飛び左しかないが、その手に剣を持つ。全く意味のない行動だろう。剣で切りかかっても無駄に散るだけだろう。
(それでも俺は……)
水中だから声は出ない。それでも確実に叫びを上げながら俺は水龍まで泳ぎ突撃する。そして視界がブラックアウトした。
最初は引き裂かれた4人の様子を詳しく個別に書こうかと思いましたが、需要がないと思いましたので止めました。
グロい表現もどこまでいいのか解からないので。
最後の印象で薄れてしまったかも知れませんが、ユニークモンスターのイメージとしては
周りは青い海、水底から水面を見上げると巨大な魚が泳いでいると言う感じです。
そういう画像とか探せばありそうですね。




