幕間1 タリスと上位精霊
幕間は迷宮探索にスポットを置きません。また主人公視点ではなく使い魔視点になります。
そんな話を読みたくないという方はキャラの設定に簡単に書いてありますので、それをお読み下さい。
*タリス視点*
6階層の攻略が詰まったらしく、マスターとコク、クウは何か忙しそうだ。
ネクやティアのように弓の練習をする必要もないので暇だ。皆の部屋の本棚を調べて精霊化するのに必要な情報がないか調べてみる。
だが、多くの本は架空の出来事として精霊の話が載っているが、現実味があるものはなかった。
「本当に精霊化なんて出来るのかな……」
ネクに言われた素材はどんどん集まってきており、後2つで全てが揃う。その2つも難しいものではなく、ちょっとした調合で作れる品物だ。マスターではなくコクに頼むつもりだ。
ネクの部屋で聖書を読んでいると訓練を終えたネクがやってきた。
「邪魔しているわよ」
ネクに声を掛ける。手を挙げ気にするな、という感情を向けてくる。
(こんな知識を持ってるなんてネクって何者なのかしらね)
精霊化の知識、色んな武器を扱う才能、アンデッドでありながら神聖魔法を使える規格外な能力である。その割に身長は小さく、子供と大差は無い。ネクの事を知ろうとすればするほど解からなくなる。
『材料はどんな感じで集まった?』
ネクがノートに文字を書いて見せてくる。
「後は調合で出来る物が2つだけかな」
素直に答える。ネクの正体なんて今更である。マスターですら把握していない。
『ならもうすぐ上位精霊になれるね』
(上位精霊になれる……)
半信半疑である。フェアリーが上位精霊になった話など聞いたことも無い。掲示板で色んな情報を集めているが、そんな変化を持ったフェアリーの話は一切出ていない。
大抵は2軍落ち、最悪モンスターへ逆戻りだ。一部の人は性的に扱っているみたいだが。
「本当に……上位精霊になれるの?」
戦闘時は頼りになる戦友であり、平時はよく一緒に話している友人を疑うような事はしたく無かったが、突拍子も無い話である。
『そう簡単に信じることは出来ないよね。だけど、私が死ぬ前に居た親友が妖精から上位精霊になったんだ』
実際あった話らしい。ネクの前の人生はどんなものだったのだろう。体が小さい種族だったのか、小さい内に死んでしまったのか。その辺りは解からないが簡単に聞いていいモノではないだろう。
『その妖精族に伝わる秘伝だったんだって。秘薬以外に覚悟が必要と聞いたんだけど何の覚悟が必要なのかは教えてもらえなかったんだよね』
その妖精はネクが死んだ後はどうしたんだろうか。上位精霊と言ったら不死のような存在である。
(あたし自身、マスターが死んだ後も生きろと言われても困るかな……)
使い魔にとってはマスターが全てだ。幸いマスターが老化による死を選ぶと一緒に消えると聞いている。
「その精霊は今も元気にしているのかな?」
何となく呟く。
『元気にしているといいな。私がしていた事が無駄にならないと嬉しい』
生前ネクは何をしていたのだろうか。もしかしたら物凄い事をしていたのかもしれない。聞けば聞くほど良く解からない人物だ。
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鍛冶場に居るであろうコクを目指して飛んでいく。鍛冶場には案の定コクが居た。いつも一緒に居るクウは他の事をしているのだろうか。ここには居ない。
「コク、ちょっと調合を頼みたいんだけどいいかしら?」
あたしがコクに声をかける。
「ん~ちょっと待ってね。これだけ終わらせちゃうから」
何か作業をしているらしい。腕輪に細工を入れている。
「ん、これで完成っと。やっと満足が行く出来になったかな」
終わったらしい。こちらにコクが振り向く。
「それで僕に何か用かな?」
コクが笑顔で聞いてくる。
「うん、調合してもらいたいものがあるの」
あたしはそう言うと必要な素材を取り出す。
「調合?マスターの方が腕は良いと思うけど……」
コクはマスターのように調合をそんなにしない。鍛冶と彫金、裁縫、最近は魔道具に手を出すくらいだ。十分ではあるが。
「マスターには秘密にしたいのよ。調合自体もそこまで難しくないみたいだから大丈夫だと思う」
素材とネクに聞いた調合の方法をコクに伝える。
「これはまた……良く集めたね。調合の方法も聞いたことがないのばかりだ」
コクでも知らないような技術らしい。ネクの存在がまた良く解からなくなる。
「出来そう?」
不安になりながら聞く。出来なかったらマスターに誤魔化しながら頼むしかない。出来るかどうか解からないものを期待させるわけにはいかない。
「うん、出来るよ。時間がかかりそうだから完成は今晩になると思うけど」
コクがそう言ってくる。ホッと安心する。
「お願いね。使うのも夜じゃないと駄目みたいだし、忙しいのなら明日でもいいのよ?」
急ぐ必要はない。逆に今夜と言われると心の準備が整いそうに無い。
「いやいや、こんな面白そうな技術、すぐに取り掛かりたいくらいだよ」
相変わらずである。新しい技術には目が無いらしい。
「そう……お願いね」
使用するのは今夜になりそうだ。少し緊張しながら鍛冶場を出て行く。目指すはネクの部屋だ。
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「ネク!今晩出来るかもしれないって!」
勢い良くネクの部屋に入る。ネクは長椅子に座って裁縫をしていた。
『そう、よかった。なら話さないとならない事が1つあるんだ』
何か伝える事があるらしい。
「何?前に言っていた覚悟というやつ?」
あたしがそう返す。覚悟の内容を知らないと言っていた気がするけど。
『その覚悟というのは聞いてないから解からないけど、少なくとも外見が変化するのは確実なんだ。その妖精はタリスの様にいつも飛び回っていたんだけど、精霊化して羽を失ったんだ。』
つまり、精霊化すると飛行能力が消えるという事なんだろうか。フェアリーは自分の足で歩く事は殆どないが、少なくとも致命的という訳ではない。
(飛べなくなるの……寂しくなるわね)
生まれてずっと持っていた能力がなくなり、新たな能力と姿を得る。正に転生だ。
(だけど、あたしとマスターの為にも強くなりたい……)
決意は変わらない。
(どれだけそれが辛くてもマスターと共にありたい)
それが忠義なのか愛情なのかはまだ解からない。ただ一緒に居たいというだけだ。
「空が飛べなくなってもいい。マスターと一緒に歩みたい……」
ネクに伝える。そうするとネクは満足したような感情を向けてくる。
『良かった。なら今夜上位精霊になろうか』
ネクが伝えてくる。もう心は決まっている。
「うん」
そう返事をする。
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コタツで休んでいるとコクが薬を持ってくる。
「いやぁ、面白い技術だったよ。他にも教えて欲しいくらいだ」
凄く満足したような笑顔で言われた。あたしでは良く解からないのでネクに直接聞いて欲しい。
「ありがとう。完成したのね」
感謝を伝えると、コクは薬を渡してくる。
「どういたしまして、何に使うかはしらないけど使うなら慎重にね」
何となく効果が解かるのだろうか。期待したような目で見てくる。
「うん、明日は新しい姿で会えると思うわよ?」
そう笑いながら返す。
「楽しみにしているね」
コクは深く追求せずにそれだけ言うと鍛冶場へ戻っていった。
夕食を食べ、マスターから今日の進捗を告げられた。水中を進む魔道具はまだ全然出来ないらしい。明日は魔道具作成だけではなく鍛冶、彫金、調合の技術まで混ぜて調べてみるとか。
正直あたしにとってそれらの報告はどうでも良かったりする。この後に行う上位精霊への変化で頭が一杯だ。
そうしている内に報告は終了した。皆それぞれお風呂に入ったり、生産をしたりしている。あたしはネクと一緒にネクの部屋へと向かった。
『やり方は簡単。その秘薬を飲むと脳内に上位精霊になった姿が現れるから、選び取るだけみたい。あ、服は脱いでやらないと破けるから気をつけてね』
凄く親切な秘薬だ。本当に薬なのだろうか。
「うん、解かった」
ネクはシーツだけ置くとその場から立ち去る。
(飲むだけ……か)
服を脱ぎ、ええい、と掛け声をしながら一気に飲み干す。そうすると周りの景色が変わった。
目の前に見覚えのある人型の女の人が現れる。
(これが……あたしなのかな?)
何となくそう考える。大人と言うよりは少女の面影の方が強い。身長は160cmくらいだろうか、胸はそれなりにある。これなら全く問題ない。
(確か選ぶのよね?)
その体に触れようとすると警告が現れた。
*警告、この姿に変更するとフェアリーで抑えられていた感情が開放されます。この姿に変更すると元に戻る事は出来ません*
(抑えられた感情?良く解からないけど何かの感情が増えるのかな?)
思わず手を引っ込めてしまった。
(解からない事だらけだけど……あたしの望みは1つだけ!)
それだけを考えその体に触れる。すると周囲の景色が突然戻る。ネクの部屋のようだ。
目線が今までとかなり違う高さにある。そして今自分が地面に足が付いていたのを思い出す。
「姿が、変わったんだ……」
(今までの体はどうなったのかは解からない。今のあたしはここにいる)
自分が今裸だった事に気が付き慌ててシーツを体に巻く。歩いてみたりジャンプしてみる。特に問題なく動けるようだ。折角なのでネクの部屋を端から端まで適度な速度で走ってみる。足がもつれて転んだ。
「いたた……」
痛みに声を出しながら自分に回復魔法を使う。歩いたりするのは問題ないが、走るとなると慣れないと難しいようだ。今までやった事のない感覚だからかもしれないが。座りながら回復魔法を使っているとマスターとネクが部屋に入ってくる。
(!!)
思わず長椅子に姿を隠す。ネクがマスターに見せようと連れて来た様だ。長椅子から少し顔を出して見ているとネクが気が付いた。そしてあたしの方を指差すとマスターがこちらを向き目が合った。
「……タリスなのか?」
マスターが驚いた顔であたしに聞く。他人の振りをする訳にもいかない。
「……うん」
短い返事をする。マスターが近くに寄ってくる。ネクは部屋から出て行ったようだ。
「ネクから話は聞いていたが、本当に姿が変わったんだな」
マスターがそう言う。マスターの顔を見るだけで凄く胸が高鳴る。
(何これ……凄くドキドキする……マスターに抱きつきたい)
初めて感じる感情に困惑する。
「マスター!!」
我慢できずにマスターを呼ぶ。マスターはそれに驚いた顔をする。
「な、何だ?」
マスターが驚きながら立っている。あたしはもう我慢できずにマスターへと抱きつく。その時シーツが落ちたような気がするが気にしない。そしてマスターの胸に顔を埋める。
「タリス、どうしたんだ?」
マスターが聞いてくる。
「あたしにも何でこんな事をしたのか解からない……けど、こうしたかったのよ」
何故か涙が出てくる。マスターは優しくあたしの頭を撫でる。
「そうか」
マスターはそれだけ言うとあたしを抱き上げ長椅子に寝かせる。そして味わった事もない感情と刺激を味わった。
この世界のフェアリーという種族は人間には恋をしません。仲良くはなりますが、そこまでです。
体格差もありますし、子孫を残す事もできません。
その為ストッパーが掛かるわけですね。上位精霊は人間に近い為それらが解除されます。
一気にそれらが爆発的に開放されてしまうので大変です。




