ネク
「父様!!」
そう言いながらコタツで休んでいる俺向かって頭に猫耳が付いた少女が突進してくる。俺はそれを背中で受け止める。
「ティナ、危ないから、走らないようにな」
俺はその子の頭を撫でながらそう言う。猫耳の子供は笑顔で「はーい」と返事をする。この子はそう、俺とティアの娘だ。
オマケダンジョンの攻略から5年ほど経過した。俺たちは子供を作れるスキルのお陰でネク以外全員の子をもうけた。さすがに戦力の低下を防ぐ為にローテーションになったが、全員の子が生まれている。
ネクはその様子を見て寂しそうではあったが、子供たちと楽しそうに接している姿を見て何とか満足しているようだ。アンデッドなのだからどうしようもない。
子供たちはやんちゃだから困る。毎日が戦争だ。迷宮への扉は危険なので封印している。オマケダンジョンの3階へは石を使って移動が出来るからもう使ってはいないしな。
ティナを肩車して拠点を回る。まずは鍛冶場だ。
(今は使われていないはずだが……金属を打つ音が聞こえる)
入ってみると案の定コクが鍛冶をしていた。
「コク、出産後すぐに鍛冶をするのはどうかと思うぞ」
そうコクへと話しかける。コクはばつが悪そうな顔をすると渋々道具を仕舞う。
「妊娠中は鍛冶が出来なかったらストレスが溜まっちゃってね。道具くらいはいいよね?」
どうやら日課の鍛冶が出来なかったのがかなり辛かったらしい。だが鍛冶場に自分の赤ん坊を連れてくるのはどうかと思う。
「鍛冶の鉄を打つ音が子守唄の代わりとは随分と困った子になりそうだな」
俺はすやすやと眠る我が子を見ながらそう言う。
「僕とスズキさんの子供だからね。普通な訳が無いじゃない」
コクは自慢げに言う。自慢する事だろうか?
「ドワーフの子供ってこの熱気とか大丈夫なのか?結構な温度のような気がするんだが」
さすがに心配になる。赤ん坊というのは体調をすぐ崩す。他の子供のときは神経を使ったものだ。
「うん、僕が子供の頃もこんな感じだったよ。鉄を打つ音を子守唄代わりにして寝てた」
そんな事をしていたからこんな子に育ったのだろうか。困ったものだ。
「まぁ、涼しい所に居るに越した事はないだろ。コクも産後なんだから無理はするなよ」
俺はコクにそう忠告し、コクからの承諾の返事を聞くと、そのままティナを肩車したまま鍛冶場を後にする。
(次は訓練場だな。この時間ならエンとエイダが鍛錬をしているだろう)
そう思い訓練場へ移動する。
「そこっ踏み込みが甘いですよ」
そう言ってエンは3歳の子供の攻撃をかわす。相変わらずスパルタなようだ。
「おーやってるな。無理はさせるなよ?」
2人で戦闘訓練をしているようだ。3歳の子供にやらせるような事ではないと思うが、上位精霊だと割と出来るらしい。種族の違いとは恐ろしいものだ。
「ええ、当然です。大切な私の子供ですからね。ですが、素質があるのにそれを伸ばさないのは、もったいない気がしてしまいまして」
どうやらもう少し大きくなるまで待てないらしい。精霊の加齢はどうなっているのか良く解からないが、今の所は普通の人間と変わらないように見える。
「パパ~」
そう言いながらエイダが駆け寄ってくる。ティナを肩から下ろすと膝を曲げエイダと同じ高さに視線を合わせる。そしてそのまま抱きしめる。
エンはエイダが投げ出した武器を片付けこちらへやってくる。どうやら鍛錬は終了らしい。子供に無理をさせても伸びないだろう。
「皆で休憩所まで戻ろうか。エンもそれでいいか?」
訓練の邪魔をしてしまったのは申し訳なく思う。
「いえ、そろそろ終わらせるつもりだったので丁度いいでしょう。エイダ、汗をちゃんと拭いて下さい」
そう言ってエンはタオルをエイダに渡す。自分で拭けるとはこの子の成長は著しいものがある。精霊は早熟なのだろうか。
(そう言えば、ティナも4歳とは思えない成長振りだな。獣人も外で生きる生物だから成長が早いのだろうか)
それはそれで寂しいものがある。こうやって子供たちと遊んでいる時間は掛け替えのないものだと思う。俺たちは手を繋いでコタツまで歩いていった。
コタツに戻るとタリスとタチアナが居た。2人揃ってゴロゴロしている。タチアナは2歳なのでゴロゴロとも言えないが……。こいつらは親子揃って似たような感じになりそうである。
「タリス、もう少しちゃんとしてくれ。子供たちが見てるぞ」
そうタリスに注意をする。こいつは何年経っても変わらない。困ったものだ。
「ん~?まぁ、いいじゃない。平和な証拠よー」
そう言って起き上がろうとしない。コタツの中でイタズラしてやろうか。そう考えると、その気配を察知したのかタチアナを抱きかかえてちゃんと座る。相変わらずの直感だ。とても残念に思う。
「それで何か用なの?」
座りながら聞いてくる。ゴロゴロを邪魔されてちょっと機嫌が悪いらしい。
「いや、用は無いが、ちょっと拠点内を見回ってくるから、ティナを頼む」
俺がそう言うとティナが「えー」と抗議の声をあげる。俺は頭を撫でてその声を封じる。俺は立ち上がり自室へ向かう。ティア、パステル、クウ、リムはいつも通り自室に居るのだろう。寝ているか読書だろうから邪魔しても悪い。
だが、自室に戻ると何故かティアが居た。部屋に入るとこちらに気が付いたようだ。
「掃除してた」
と目を合わせずに言ってくる。俺の秘蔵の本を探しに来たのだろう。ハーレムを形成しても子供と一緒に寝るとどうしても困る場面は多い。つまりそういうことだ。研究の為かこっそり部屋に侵入してくるのは何もティアだけではない。結構な皆入ってきてる。
「そうか。ありがとう」
皮肉を込めて礼を言う。ソファーへティアを誘うと一緒に座り雑談をして過ごす。
夕食になり、皆が座る。いつの間にか食事中は自分の子供は自分で面倒を見るという協定が出来上がったらしく、俺とネク以外は全員子供の食事を手伝いながら食べている。とは言え、まだコクとリムの子供は赤ん坊なので食事は母乳だ。ここで食べはしない。この2人から母乳が出るのかは知らんけど。
ネクの方を見ると子供たちを微笑ましそうに見ているのと同時に寂しそうな雰囲気が伝わってくる。
(どうにかならないものか……)
アンデッドだからどうしようもない。それで終わらせたら簡単だ。だけど、何かしらの方法があればそれを試したいと思う。子供が欲しいかどうかは解からないが、生身に戻って悪いという事は無いだろう。
(教えてくれるか解からないが、管理者に聞いてみよう)
そう考え、夕食が終わると俺はパソコンへと向かった。
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*ネク視点*
夜は割と静かだ。子供たちが居るので今までの様に騒がしいことは無い。スズキが欲を発散するのもベッドよりそれ以外の場所が増えたようだ。さすがに子供の目の前でというのは避けているらしい。リムとコクの子供は夜が苦手という訳ではないので夜泣きは無い。
皆が寝静まったのを確認すると、私は寝室から出て自室の長椅子に座る。ここの所、毎日の日課にもなってしまっている。
(子供か……)
最後のダンジョンをクリアし、あのスキルをスズキが取得した時、私自身がどうこう考えるつもりは今までは無かった。この身はアンデッドだ。関係ない事だった。
(それでも羨ましいと思ってしまう自分が居る……)
あの時、魔王の襲撃がなかったら、生き残っていたら私はどうしていたのだろう。誰か愛する人を見つけ幸せな家庭を築いていたのだろうか。
(既に起こってしまった事。今考えても仕方ない)
そうしていつも諦め、無理やり自分を納得させている。アンデッドじゃなければ、泣いていたかも知れない。アンデッドは悲しんでも涙を流す事は出来ない。
視界を閉ざし、しばらく何も考えずに椅子の背もたれに体を預ける。そうしていると部屋の扉が開いた。
(ん?こんな時間に誰だ?)
扉の方を見るとタリスが居た。タリスが探知スキルを持っていたと思い出す。ベッドに見当たらないから探しに来たのかも知れない。
「ネク、こんな夜にどうしたの?」
タリスが私に声をかけてくる。私自身は喋る事が出来ないので、筆談になってしまう。
『ちょっと寝付けなくてね。ここで休んでいたんだ』
私は虚勢を張る。この感情は誰にも知られてはならない。知られたら皆に気を使わせてしまう、そう思った。
「そう……」
それだけ言うとタリスは私を抱きしめる。私は力を抜き成すがままになる。とっくに気が付かれているのかも知れない。
「ネク、ごめんね。私たちだけ子供を授かって……」
タリスはそう言ってくる。誰が悪いという話でもない。子供が生まれるのは良い事だ。私はノートに文字を書く為にタリスから離れる。
『子供が生まれるのは良い事だよ。拠点が賑やかになって私も嬉しい』
そこまで書いてタリスに見せる。しばらく手を置いて次に書くべき事を考える。
『私も』
この先が書けない。手が震えて文字にならない。何度も消しゴムで書き直す。それでも書けない。震えてノートも鉛筆も下に落ちてしまう。
「ネク、それ以上は書かなくていいよ」
拾おうとする私にタリスはそう言うと私を抱きしめる。泣けない事がこんなに辛いとは思わなかった。涙を流してこの感情も全て流してしまいたかった。
こうして夜は更けていく。
子供たちの名前は解かりやすいように親に近いのを人名辞典から選びました。
使い魔は老いる事はなくても不変ではありません。
幸い肥満になる事はありませんが、一時的な身体の変化は起きます。
毒とかを受けるのと同じですね。