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紅しょうがによろしく

作者: 東屋 篤呉

 湖のほとりを浴衣姿の人々が行き交う。いつも仕事に忙しい私ならこの花火大会に家族と来ることは出来なかっただろう。 それなのに子供の喜ぶ姿と陽気なお囃子の音の中、私は心から笑えなかった。なぜなら私は長いこと勤めてきた会社を突然クビになったからだ。

 まだ事情を知らない妻は、小学校にも入っていない小さい息子の手を握り、楽しそうにしている。

 社長は暗い表情で私を呼び出し、それでいて重苦しい雰囲気の中、長時間口を開きかけ、また閉じる、そんなことを繰り返していた。かなり前から「人を削るしかないのか」と呟いていた社長の言葉を思い出し、嫌な予感を覚える。


「……すまない」


 当日での解雇を言い渡された。“三十日前に通知しなければならない”という法律を無視するような会社に勤めた私の落ち度と言われればそれまでかもしれない。

 しかし、私のいた会社は親会社の無茶な価格設定の所為で、経営がかなり厳しくなっていた。だから今回のことで社長を恨むことは出来ないし、ましてや労働基準局に駆け込み、苦渋の選択をした社長に対して、さらに苦しめるということはもっと出来なかった。

 ただ心配なのはこれからの事。子供は大きくなるし、家計の負担も増す。そんなときに仕事を失ったのは大きな痛手だ。新卒の採用数は増えているというが、四十歳後半の私を雇ってくれる企業はそう無いだろう。

 当分の間は安い月給を少しずつ貯めた蓄えと、失業補償で生活していかなければならない。

 悩んでいる私など眼に入っていない息子は、公園を見つけ、妻の手から離れジャングルジムに登りだす。

 私は公園のベンチに座って空を見上げた。

 祭りの照明の所為か星はほとんど見えない。真っ黒な闇を見つめ、妻に自分が失業したことを伝えなければならない、という事実に胸が重くなりため息が出た。


「仕事で何かあったんでしょ?」


 私の隣に座った妻は、いつのまに買ってきたのか、真っ赤な紅しょうがの乗った焼きそばのパックを三つと缶ビール二本、オレンジジュースを一パック、ビニール袋から取り出す。

 私はお祭りのさなかに言うべきかどうか迷ったが、どうせすぐに分かることだ、と開き直り、木々の葉が擦れるような小さい声で妻に解雇されたことを伝えた。


「何だ、そんなことで悩んでいたの?」


 予想外に軽い妻の反応に、逆に私が驚かされた。


「これからの生活に不安を感じないのか?」


「そんなことは無いけれどいざとなれば私が働くから。私はまだ若いから仕事はあるでしょ。それに私が働けばあなたが今まで子供とスキンシップ取れなかった分、取って上げられるじゃない」


 妻の優しい笑顔を見ていると、私は不思議とどうでもいい事で悩んでいたような気分になってきた。


「それに仕事で身に付けた技術とか、経験をいろいろな形で活かせば新しい仕事を見つけられるかもしれないし、もしかしたら小説家にもなれるかもよ?」


「そんなに上手くいくはず無いだろう」


 私は笑った、大きな声で笑った。そんな私を、浴衣を着た学生のグループがちらりと見てそのまま人ごみに溶け込むように消えていった。


「でもそれはそれで面白そうだな……」


「おなかすいた!」とジャングルジムから降りた息子は私に駆け寄ってくる。


「よし! お母さんが買ってきてくれた焼きそば食べるか?」


「うん!」


 勢いよく頷いた息子を見てようやく私も暗い気持ちが取り除かれた。今まで暗いと感じていた祭りの照明が今はとても明るく感じられる。

 焼きそばの透明なパックを開く。

 紅しょうがの独特の味が嫌いな私は、焼きそばよりも先に紅しょうがを飲み込んだ。

 焼きそばの上に、紅しょうがの赤い色が残る。その様子がまるで「何かに飲み込まれても経験は残る」と主張しているように見えた。期間をかけて身に付けた経験や技術は容易く消えず、その人の一部となる、それは無駄ではない。そんなことを妻に教えられた直後に焼きそばの上の紅しょうがが、私を納得させようとしているようで、どこか、おかしかった。


「お父さん、お行儀悪い!」


 息子に咎められる。

 それでも腹の中の生意気な紅しょうがを懲らしめるため、飲み込むように焼きそばをかきこむ。


「ありがとうな」


 焼きそばを飲み込み、妻に顔を向けてお礼を言う。妻は笑っていた。

 焼きそばよ、私の腹の中にいる生意気な紅しょうがに宜しく言っておいてくれ。「ありがとう」と。


 私はまだ生きているのだからなんでも出来る、なら今出来ることをしていこう。私は自分に発破をかけるために少しぬるくなった缶ビールを一気に煽る。


「いっき! いっき!」


 何処で覚えたのか私の飲み方を見て懐かしい掛け声をかける私と妻の息子。―――ありがとう――――

 花火が打ちあがった。

 人々の歓声が聞こえてくる。破裂音を身体で感じ、目は花火の作った色とりどりの星を焼き付ける。

私には支えてくれる人たちがいる、だから


――――頑張ろう――――


 缶の縁に残ったビールをすすった。

 花火はまだまだ打ちあがる。

 夜空を埋め尽くして。


と言うわけでSS小説でした。

これは魔法のiランドで掲載した処女作でもありますが、かなり訂正しました。

普段はファンタジー等々かいてます

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今まさにこの話の主人公のように将来をちょうど悩んでおり、小説家にもそうそうはなれないよな、という思いも含めて、自分自身と重ね合わせてしまう部分が多かったです。 読んでいて、ああもっと頑張…
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