川辺の視線
男は川辺にいた。半袖半ズボンで、短く伸びた緑の草のなかに横たわっていた。
猛暑の中だった。男の身体を太陽の熱がジリジリと焼いていた。
ここに来てからどのくらい経っただろうか。家を出たときは、まだ心地よい温かさだったはずだ。このいつもの土手を通りがかったときも、まだ朗らかな気温だった。
今日は神経がピリついていたのかもしれない。普段は通り過ぎるだけの川沿いに、いつもと違う景色を見ていた。川を流れる水の音がいつもより耳の奥に入り込むような気がした。草や土の混ざった匂いが男の脳に快楽とも似た癒しを与えた。
男は誘われるようにこの雑草の中に入り込み、気づけば横になっていた。
時間がたつにつれ身体が限界に達し、悲鳴をあげ始めたのだろうか。
男は汗を流しながら、皮膚に張り付くような熱の束が、身体を覆い尽くすのを全身で感じ取っていた。
少し遠くで人の声がする気がした。学生か家族連れがこの辺りの土手道を通るのは珍しくない。気づかれないように音がした方向とは逆の方に体勢をかえる。
草は細く青々として身体を包み込む。体勢を変えると、草の先端が衣類で覆われていない上腕やふくらはぎに刺さっては折れてたわむ。男はその感触に安心を覚えていた。
日常に焦燥しきっていた男にとって、喧騒から解放され自由になれた唯一の場所がここの川辺だった。誰にも見られず、ただ自然の恵みをめいっぱい感じ取れる。
ふと、男の肌の上を虫かなにかがノソノソと動いている感触に気づいた。
手で振り払うか少し思い悩んだが、今のこのひとときを楽しみに水を差された気分になるのを嫌だと思い、とりあえずは気にならないふりをすることにした。
虫は男の毛の隙間を小刻みに動き回りながら、男をからかうように衣類の隙間に入ったりでたりを繰り返していた。
声が近づいてきた。男は目を閉じた。声は男にかたりかける。
『お前はクズだ。』
『やる気がないなら帰れよ。』
男は顔を両手で覆った。つめたい風が吹いた。水面から出るように必死で空気を吸い込んだ。
頭の中の場面が転々と切り替わる。特急列車の車窓の眺めのように、次々と過去の記憶が思い起こされては消えるのを繰り返す。思考が入り乱れる。
男は爽やかに笑った。
視線の持ち主は男に驚いていた。
『こんなところで何をやっているの?』
『なんか青春って感じだね』
男は気まずそうに上半身を起こし振り向いた。幼馴染の美咲が怪訝そうな目でこちらを見ていた。
美咲が男の髪についた土の汚れを払い除けると、手の感触のせいで少し胸の鼓動が高まるのを感じた。いや、なんだ、ちょっと感傷的な気持ちに浸っていただけさ、とおどけて返事をした。
『変なの』
美咲は男の方に向かって手を差し出した。美咲の白い手に、少し戸惑うふりをしながら、手をとり、寄りかかるように立ち上がった。
『帰ろう』
うん。2人は土手の階段を登りながら、いつもの帰り道を歩き出した。影が1つ、太陽から逃げるように伸びていた。
初投稿!
自由きままに投稿していくぜ!(。•̀ᴗ-)✧




