十三番目の王女は山向こうで幸せになります
私は価値のない十三王女として、王城の片隅で暮らしておりました。なんなら、下働きの者の方が、まっとうな暮らしをしていたかと思います。
山向こうの国から人質兼花嫁を寄越せと言われたとき、当然のようにお鉢が回って参りました。
そうですよね。野蛮人と馬鹿にしている国に、行きたい王女などいませんよね。
向こうに行ったらまともに食事が出てくるといいな、と呑気なことを考えて、山を越えました。
楽しいこともなく、一応王女なので働くこともなく、八つ当たりされる対象として日々を過ごしておりました。嫌な存在意義ですね。
あんな無駄な人生から解放されるだけで、蛮族だろうと怪物だろうと構わない。そんな気持ちにもなろうというものです。
「おうおうおう。こんなめんこい子が、山を越えて来なさったのか。無茶したな。
こっちゃ来い」
熊のような旦那様に、いきなり抱っこされました。
ご挨拶のカーテシーを披露する暇もありません。
「あ、あの。カイラン王国第十三王女のツェリンと申します。ユルカ首長国の首長様にご挨拶申し上げます」
「ははは。挨拶が上品で上手だなぁ。そっちの第七だか第八だかの王子が、こっちの祠を壊したもんで、誠意を見せろっつっただけなんだがな。
お前ぇさんは災難だったな」
え、そんな話は聞いていません。祠を壊したことを謝罪せずに、婚姻でうやむやにするなんて、まったく誠意のない行いではありませんか。
恥知らずなカイラン国王。まあ、血縁上の父なわけですが。
「それは、大変申し訳ないことでございます。その祠の再建などは、どうなっているのでしょうか?」
抱っこされたままで謝罪というのもふざけていると思いますが、降ろしてくださらないのです。
ついてきた護衛や使用人たちが、おろおろしています。かといって、無礼を働いた相手国に物申すわけにもいかず……。
旅の途中、偉そうにしていた彼らが青ざめているのは、なかなか気分がいいですね。
あら、私、こんなに性格が悪かったのね。知らなかったわ。
祠のことはひとまず脇に置いて、その日の晩は羊を潰して宴が開かれました。
お米と羊の肉が合わさって、とても美味しい。
冷めきっていたり、何が混入されているかわからなかったり……そんな食事ではありません。私は、それだけで嫁いできてよかったと思いました。
宴を抜け出して、新郎新婦で小さな祠に行きました。
「これは再建された祠ですか?」
「いんや。それは別の祠だ。こちらは夫婦神をお祭りしている。夫婦になるというご挨拶だ」
旦那様がそうおっしゃいますので、教えていただいたお祈りを捧げました。
その夜は、そのまま夫婦の部屋に行き、結ばれました。
婚約も結婚式もなく……そういうものがなくても、結婚できますのね。かなり衝撃的でした。
気がついたら、護衛も使用人も帰路に就いた後でした。
山向こうは、随分と文化が異なります。
まず、椅子ではなく、床に敷いた絨毯に座ります。
食事は個々の皿ではなく、大皿から皆で食べます。これはちょっと、慣れるまで嫌悪感がありました。
けれど慣れてしまえば、距離が近く、暖かい人間関係のように思えてきます。
王族でも囲炉裏を囲み、その日の話をして共通認識を形成していきます。
ここでは刺繍が趣味ではなく、それぞれの家の家紋を継承していくためのものでした。滑落して亡くなったときに、袖の刺繍で誰かを判別するという意味もあるそうです。
厳しい環境ですが、寄り添って生活しています。
誰が産んでも、誰の種でも、子どもは宝。そんな雑多で大らかな環境は、私に合っていたようです。
一年も経たずに、私は溶け込むことができました。
といっても四番目の妻です。一番目の『姐さん』の気配りで受け入れてもらえたのですが。
そういえば、第三奥様は神官の娘だそうです。二か月ほど「祠を直せ」とか「責任を取って、お前が石を積め」とか言われました。
「積み方を教えてください」と返事をしたら、「仕方ねぇ。教えてやるから、しっかり覚えろ」と連日一緒に作業をしました。
そんなこんなで、妹分として認めていただけたようです。
数年が経った頃でしょうか。
「第四奥様。奥様のご家族という方々がいらっしゃっていますが」
国境の警備をしている兵士が、牛のようなヤクという動物に乗って駆けてきました。
「ふふふ。きっと偽物よ。私の結婚式にも来ないのに、来るわけがないわ」
少しばかり言葉にトゲがあるかしら。王族の横暴に耐えかねて革命が起きた、という情報は入ってきています。
「しつこく食い下がるようなら、不審者として捕縛して牢屋に入れてしまって」
ということで、ご一行様は牢屋に入りました。ある意味予想どおりで、なんとも言えない気分になります。あの方たちが常日頃言っていた「王族の品格」って、なんなのでしょうね。
出された食事を、ガツガツと食べているそうです。
「お前ぇはどうしたい? 復讐すんなら、最後の機会かもしれないぞ」
「自分らの娘っ子に、冷たい飯を食わせておいて、図々しい。思い知らせるなら、手伝ってやるべ」
旦那様と第一奥様が、そう言ってくださいます。
「ですが、本当に私の家族でしたら、未払いの祠の修復代を回収しませんと」
「お前ぇは、賢いなぁ」
旦那様はそう言って、私の髪をわしわしとなで回します。
第三奥様は神官の娘なので、自分が取り仕切りたいと申し出ました。
家族の目が私に集まります。「お好きになさってください」と答えました。
やられたことをやり返すのも、いいかもしれません。けれど、顔を合わせたらまた好き勝手なことを言われるんだろなと思うと、心底うんざりします。
「お前ぇの家族だと主張し続けるなら『未払い金を支払え』と請求し、『家族じゃない』と意見を翻したら詐欺師と判断するってことでええか?」
「……そうですね。もう私の家族は、ここにいる皆さんなので」
にっこり笑うと、第一奥様に褒められました。「よく言った」と。
数日後、革命軍の幹部たちが彼らを迎えに来ました。
彼らは、詐欺師扱いでむち打ちの刑を受けた後です。暴れることもできず、大人しく連行されていきました。
旦那様の横にいる私を見つけて、お父様らしき人が叫びました。
「わしはお前の『お父様』だぞ。早く助けに来い」
ふふ、ご自分で「お父様」ですって。子どもが二十人以上いるのに、蔑ろにしてきた娘に助けを求めるというのは、不思議ですね。
革命軍の幹部が私の顔を見ました。「父を連れて行くな」と制止すると思ったのでしょうか。
「気にしないで連行してください」と伝わるように、軽く手を振りました。
幹部たちは不思議そうに、首をかしげていました。王族は全員、仲が良いとでも思っていたのでしょうか。
正直に言うと、顔を見たところで、本物かどうか確証が持てません。
こちらに嫁に来るまでに数回しか会ったことがないですし、抱きしめられたこともないですし。
実の母は王宮のメイドだったそうです。妊娠してからの待遇も良くなかったようですし。物心ついたときには、いませんでした。
「本物だったのかしらねぇ」
彼らの一行が見えなくなってから、そう呟きました。
娘だから助けろと言われても、手を貸す気にはなりませんでした。どうせ捕まるなら、山越えをせずに大人しくしていればよかったのに。鞭に打たれただけ、損しましたね。
いえ、山からの美しい景色を見られたはずです。最後の旅行先としては、悪くなかったと言えましょう。
あ、祠の神様には、ちゃんと謝罪してから帰ったのかしら。
もし、万が一。
旦那様や第一奥様が囚われることがあったら、そのときは死に物狂いで助けに行きます。
そのためには、ヤクに乗る練習と体術の習得が必要ですね。それらを習いたいとお願いしなければ。




