第60話「戦いの果てに、日常は戻る」
俺の告げた言葉に、リルベアの表情が驚愕から、ふっと綻ぶ。
豪快な笑みを浮かべると小さな体を反らして笑った。
「そうか、神を冠するか。かかっ! ならば、わらわは使徒といったところかの?」
「いや、魔王だろ」
「知っておるわッ! まったく、そういうところは変わらんのだな」
呆れ半分にため息を吐くリルベア。
その背後で、レイラがぽつりと呟いた。
「……石ころも、神になれるのですね」
「おーっし、レイラ。お前はあとでお仕置きな?」
俺が笑顔のまま告げると、レイラの顔色が青ざめる。
隣のゼトスは耐えきれず「クククッ」と喉を震わせて笑った。
「さて――とりあえず、決着をつけるか」
次の瞬間、俺の身体は瞬間移動で宙を裂き、悪食の頭上に現れる。
血塗れの塊と化したその巨体は、まだしぶとく蠢いていた。
「……あれを喰らって消滅しないあたり、随分喰ってるだろ。あと何回殺せば、お前は消えるんだ?」
俺の視線に射抜かれ、悪食の瞳孔がわずかに震える。
恐怖――魔を喰らう怪物ですら、抗えぬ本能がそう叫んでいた。
俺は静かに指を弾く。
――光刃。
無数の白い斬撃が虚空から降り注ぎ、悪食の全身を何千何万と斬り刻んでいく。
血飛沫と断末魔が戦場を覆うが、俺の表情は一切揺るがなかった。
まさに蹂躙。
天災と呼ばれた存在すら、今や虫けら同然だ。
やがて悪食の動きは鈍り、巨体は膝を折る。
「本意ではないにしろ、俺の眷属に牙を剥き、あろうことか美月を奪った。……死してなお、永劫後悔しろ」
俺は最後に手をかざし――振り下ろす。
――暗転。
視界を覆う闇と重圧に、悪食の身体は塵となり虚空へと呑まれた。
静寂の中で暗転は解け、俺は小さく息を吐く。
「……終わった」
背後から歓声が上がる。
ようやく、この地獄のような戦いに幕が下りたのだ。
だが俺には、もう一つやるべきことが残っている。
「さてっと……もう一仕事、するか」
俺は瞬間移動し、美月の亡骸の前に立つ。
「主……?」
レイラが不安そうに声を漏らす中、俺は静かに宣言した。
『神の権限により、理への干渉を開始』
神々しい光が俺を包み、フロア全体を照らす。
『対象、神谷美月の魂魄を捕捉』
《……完了》
『魔王クゼスと勇者アキラの魂を贄に、神谷美月の肉体を再構築。魂魄とのリンクを開始』
《リンク……失敗》
「……チッ、やっぱ時間が経ちすぎたか」
俺は歯を食いしばる。
次の失敗で、美月の魂は理から外れ、永遠に消失する。輪廻すら許されない。
もう一度深く息を吸い、集中する。
神の記憶が脳裏を走る――常識を捨てろ。別の道を掴め。
『対象の種族を魔族へと変更。再度リンクを開始』
《……完了》
フロアを埋め尽くす程の光が美月の身体に収束し、閉じていた瞼がゆっくりと開く。
「……わ、たし……生きてる……?」
微かに震える声。
美月の瞳に、再び光が戻っていた。
「……信じられん」
リルベアが絶句する中、レイラだけは迷わず駆け出す。
「美月っ……!」
抱きしめられた美月は目を瞬かせたが、すぐに俺を見て口を開いた。
「私、いったい……」
「美月は、一度死んだんだ」
「やっぱり、そうだったんですね……。あれ? でも私、生きてますよ?」
美月は怪訝そうな表情を浮かべながら首を傾げる。
「すまん、俺の我儘で美月を魔族として蘇らせたんだ」
「魔族? 魔王ってそんなこともでき――」
「違います、美月。主は、魔神となられたんです」
レイラが涙を拭いながら告げると、美月の目が丸くなる。
「魔神……神になったんですか!?」
「悪食を倒すため……それと、美月を救うためにな」
俺は苦笑を浮かべ、美月の前に膝をついた。
彼女は戸惑い、けれど不安そうに問いかける。
「どうして……そこまで……」
「言ったろ? 我儘だって」
「なんですか、我儘って! 気になるじゃないですかっ!」
まっすぐな瞳に射抜かれ、俺は思わず言葉をこぼしていた。
「……俺、美月を愛してるんだ。だから失いたくなかった。……ダメか?」
しまった、と思った時には遅かった。
全員の視線が一斉に俺へと突き刺さる。
だが美月の反応は違った。
涙に濡れた瞳が柔らかく細められ、頬を赤く染めて微笑んだ。
「ヴァルトさん……私も愛してます」
そっと身を寄せ、美月は唇を重ねてきた。
――沈黙。
静寂を切るかのようにゼトスが「アウォオオン!」と咆哮を上げると、同時にレイラの悲鳴もあがる。
「はあああああ!? 美月ッ! 何をしてるんですか! そんなの認めません!」
「ふふーん、負け惜しみですかぁ? こっちは公認ですけど?」
「無効ですッ! 私との決着はまだ――」
言い合いを始める二人。
「ったく、いったいわらわは何を見せられておるんじゃ……」
リルベアは呆れ顔でため息を吐き、ゼトスは面白そうに笑う。
――ああ、これだ。
死線を越えて、ようやく取り戻した日常。
俺が心の底から望んでいた、かけがえのない時間。
色んなことがあったけど、俺は今――とても幸せだ。




