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働きすぎた社畜、死んだらダンジョン核に転生して魔王に!? 〜自由に生きてたら、気づけば勇者と結婚してました〜  作者: 烏羽 楓
第六章 理のその向こうへ

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第58話「虚無に消えた気配、絶望の影迫る」

 咆哮が響き渡る。

 ゼトスは巨躯を揺らし、氷嵐や雷撃と連携しながら魔物どもを蹴散らしていた。


 爪を薙げば、骨と肉が爆ぜ飛ぶ。

 雷を纏ったゼトスの突進が、百を超える魔物を灰燼に帰す。

 

 リルベアの黒炎が一帯を焼き、レイラの氷刃は嵐のように舞い、触れたものを瞬時に凍り砕く。


 三人の戦線はまさに鉄壁――だが、それでも群れは尽きない。


 切り裂いたそばから背後を塞ぎ、焼き払ったはずの死骸を踏み台に新たな群れが押し寄せてくる。

 終わりが見えぬ奔流は、まるでこの空間そのものが魔物を吐き出しているかのようだった。


 このままでは……長くは持たん……!


 リルベアの胸に焦燥が募る。

 しかし繭を背に下がることなど許されぬ。退けば、それはすなわちこの世の終わりを意味する。


 ――悪食の触手が振り下ろされる。

 腐臭を纏った漆黒の鞭が、空気を切り裂き大地を抉った。


「ッ!」


 リルベアが地を砕きながら飛び退き、レイラとゼトスが同時に魔法を放った。


「《氷棘牢陣フロスト・プリズン》!」

「《雷轟衝波サンダー・バースト》!」


 雷と氷が絡み合い、触手を焼き裂きながら群れを押し戻す。

 絶叫と轟音が重なり、戦場の空気は灼熱と極寒が入り混じる。


 だが、押し返しても押し返しても、群れは膨れ上がるばかりだった。


 リルベアの息が荒い。

 肩で息をし、毛並みの間から汗とも血ともつかぬ液が滲み出ている。

 

 ゼトスの額には無数の焦げ跡が浮かび、雷撃の輝きは先ほどよりも鈍い。

 

 レイラの頬も青白く、魔力の糸を無理やり繋ぎとめているのが目に見えてわかった。


 気づけば、魔力の枯渇がすぐそこまで迫っていた。


 ……まずいな。わらわとて限界が近い……!


 リルベアの魔法発動に遅延が出始め疲弊が顕著に表れる。

 

 レイラの雷光は散り散りに弾け、ゼトスの氷刃も強度を保てなくなっていた。


 それでも彼らは踏みとどまる。

 繭の奥で戦うヴァルトを信じて。


 魔物の数は確かに減っていた。

 だが――それでも、なお数万が蠢いている。


 遠目にも数の影が波打って見える。倒しても倒しても底が知れぬ。


 群れの奥から悪食が蠢き、再び触手が振り上げられた。

 腐敗した粘液を滴らせながら、黒き刃が空を覆い尽くす。


「……まずいッ!」


 咄嗟にリルベアは核を通じ、ヴァルトの気配を探った。

 あやつの痛みを感じ取ることさえ、今の自分を支える力になっていた。


 しかし次の瞬間――。


 虚無が返ってきた。


 暖かさも、痛みすらもない。

 確かにそこにあったはずの主の存在が、ぷつりと途切れていた。


「……な、んじゃと……?」


 膝が揺れる。

 小さな身体の内側に、重い冷気が流れ込んだような感覚。


 核を通じて感じていた温もりすら、今はどこにもない。

 まるで世界そのものから切り離されたかのような、そんな喪失だった。


「リルベア様!?」

「どうされました!?」


 レイラとゼトスの声が震える。

 リルベアは乾いた喉を震わせ、呟いた。


「……ヴァルトが……死んだ」


 その言葉は呪いのように空気を凍りつかせた。


 時間が止まったかのように、戦場の音が遠ざかる。

 二人の顔から血の気が引き、瞳が見開かれる。


「……そ、そんな……」

「主が……ありえぬ……」


 絶望が胸を蝕む。

 背筋を這い上がるのは悪食の触手。三人を覆い尽くす影がゆっくりと迫る。


 ここまで、か……。


 リルベアは奥歯を噛み締めた。

 握った爪は血で濡れ、なおも震えている。


 もう抗う力は残されていない。

 魔力も体力も、そして心すらも削り取られ、残ったのは燃え殻のような闘志だけだった。


 仲間の誰もが――終わりを悟り始めていた。


 沈黙の中、荒い呼吸だけが響く。

 その音すら、無数の咆哮と絶望、そして頭上から覆いかぶさる影に飲み込まれようとしていた。

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