第56話「命を削る代償と、神への渇望」
――真っ暗な意識の中、声が響いた。
『“システム上”あるとはいえ、まさかランクアップを願うとは思いませんでしたよ。魔王ヴァルト・ノクス――いえ、黒川 陣』
……この声、どこかで。
どこで聞いたんだっけ――。
あ。そうだ。
これは――世界の声だ。
その響きに引き寄せられるように、ぼやけていた意識が澄み渡っていく。
やがて視界がひらけ、そこに広がっていたのは、何もない真っ白な空間だった。
果てしなく続く光の中、その先に一人の女性が佇んでいる。
白い布で身を包みつつも、その布では隠しきれないほどの美しい肉体。
全身から漂う神々しさが、ただ立っているだけで圧倒的な存在感を生み出していた。
「……あなたは」
思わず言葉を漏らす俺に、彼女は凛とした表情を向ける。
「私は“世界の声”の主。貴方たちの言葉で言えば――女神、といったところでしょうか」
澄み切った声は耳にすっと入り込み、胸を震わせる。
「――何故、ランクアップをしたいと願うのです? 貴方は既に存在し得る者としては最上位。命をかけてまで、何になろうというのです」
何になる、だと?
……そんなのわかんねぇよ。
ただ――。
俺は、自由に生きたいだけだ。
俺を慕ってくれる仲間達と、平和に笑って過ごしたいだけなんだ。
理不尽に奪われるのも、無力に嘆くしかできない自分自身も――
愛した人ひとりすら守れなかった現実も――
全部、クソ喰らえだッ!
その全てをぶっ壊し、捻じ曲げてでも、ただ自分の理想の平和を手に入れる。
そのための力が、どうしても欲しい。
少しの沈黙のあと、胸の奥からあふれた感情のままに言葉を吐いた。
「俺は――神になりたい」
なんの曇りもない言葉だった。
女神を真っ直ぐに見据え、俺は断言する。
女神は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに小さく微笑んだ。
「自分の欲望のために“神”になる……ですか。ふふっ、実に貴方らしいですね」
次の瞬間、女神の姿がふっと消え、気づけば目の前に立っていた。
冷たい指先が俺の頬に触れ、優しく撫でる。
――ッ!?
身体が……動かない!?
目を見開く俺の耳元で、彼女は柔らかな声を落とした。
「では、掴んでみなさい。自分自身の可能性を――」
そして、女神は俺に口づけをした。
「……ッ!?」
次の瞬間、脳内に凄まじい奔流が流し込まれる。
知識、記憶、概念――数年、数百年、いや何千年分もの情報が一気に押し寄せ、頭蓋が弾け飛びそうな衝撃に襲われた。
な、んだ……これ……ッ!
全身に走る激痛、脳を焼き尽くすほどの情報。
意識が、飛びそうになる。
女神は唇を離し、苦痛にのたうつ俺を見下ろしながら、小さく囁いた。
「……私も貴方を愛しているのです。だからこれは特別ですよ? ――ちゃんと、乗り越えてくださいね」
視界が歪み、意識が沈む。
俺は、自分の存在そのものが書き換わっていくのを確かに感じていた。
しかし、それと同時に、感じたのは――命が削られていく感覚だった――。




