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働きすぎた社畜、死んだらダンジョン核に転生して魔王に!? 〜自由に生きてたら、気づけば勇者と結婚してました〜  作者: 烏羽 楓
第六章 理のその向こうへ

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第55話「失われた光、魔王の決断」

 「――美月っ!! リアぁッ!!」


 咄嗟に声が喉を裂いた。

 

 鋭く尖った触手が二人を貫き、そのまま本体へと引きずり込もうと蠢く。

 俺は考えるよりも早く、剣を振り抜いていた。


 金属が擦れるような甲高い音と共に、触手が両断される。

 

 黒い液体が飛び散り、焼けるような臭いが辺りに立ちこめた。


 倒れかけた二人を抱き留め、すぐさま後方へ跳ぶ。

 背後では切り落とした触手がのたうち、石床をえぐっていた。


「……くっ……」


 リルベアの身体からはまだ血が流れていたが、徐々に傷口が塞がっていく。

 再生の速度は遅いが、意識ははっきりしている。


 だが、美月は――。


「美月! おい、美月ッ! 返事をしろ!」


 声をかけても、彼女の瞳は焦点を結ばない。

 胸を貫かれた傷口からは血があふれ、衣服を真紅に染めていく。


 勇者の力を持っていても、彼女は結局ただの人間だ。

 俺たちのような異形の再生もなければ、魔王の因子もない。


 生身の人間は、脆い。

 その現実が、皮肉のように突き刺さる。


「嘘だろ……おい……!」


 何度も肩を揺さぶる。

 けれど、返事はなく、ただ虚ろな瞳が宙を彷徨うだけ。


「っく……ヴァルト」


 リルベアの声が、痛々しいほど静かに響く。


「美月は、もう……」


「やめろ!」


 首を横に振る。耳を塞ぎたかった。

 

 ありえない。こんな結末があっていいはずがない。


 心の中で同じ言葉を何度も繰り返す。

 だが現実は、残酷に俺の腕の中に横たわっていた。


「っ!」


 気づけば、視界が滲んでいた。

 熱いものが頬を伝い落ちていく。


 ――俺は、ずっと気付かないふりをしてきた。

 

 出会ってそんなに日は経っていないかもしれない。

 それでも、それなりに濃い時間を一緒に過ごしてきた。


 いつしか、美月も俺にとって大切な仲間なんだと思っていた。

 いや、仲間以上、でも何なのかは自分でも言葉にできなかった。

 

 だが、今ようやく理解した。



 

 俺は、美月のことが――好きだったんだと。


 

 

 胸の奥が引き裂かれるように痛む。

 

 不安、恐怖、怒り、そして後悔。

 複雑な感情がごちゃ混ぜになり、心をかき乱す。


「ヴァルト……」


 リルベアがかけてきた声も遠く感じる。

 

 背後からは悪食の咆哮、魔物の群れが迫り続けている轟音。

 地獄そのものが一歩ずつ近づいていた。


 俺は美月をそっと地面に寝かせると、静かに立ち上がった。


「……リア、少しでいい。あいつらを足止めできるか?」


 俺の問いに、リルベアは怪訝な表情を浮かべる。

 それでも、答えは返ってきた。


「長くはもたんぞ。……十分じゃ。それ以上はどうにもならん」


「わかった」


 俺は魔物の軍勢を一瞥し、ゆっくりと剣を鞘に納めた。


「一体なにを……?」


 リルベアが険しい目を向けてくる。


「すまん。この場を預けるぞ」


 そう告げた瞬間、俺の足元に複雑な魔法陣が幾重にも展開された。

 全てを飲み込むような漆黒の光が床に走り、禍々しい紋様が空間を埋め尽くす。


 リルベアの目が大きく見開かれる。

 理解したのだ。俺が何をしようとしているのかを。


「……死ぬでないぞ?」


 その声は怒りでも嘲りでもなく――ただ心配する色を帯びていた。


「ああ、行ってくる」


 俺は短く答える。


 次の瞬間、魔法陣から無数の黒い手が飛び出し、俺の皮膚に食い込み、血と魔力を啜りながら繭を編み上げていく。

 全身が圧迫され、痛みと熱に視界が白く染まるが、それすら遠ざかる。


 その時――世界の声が告げた。


 《魔王ヴァルト・ノクスより申請を確認。検討開始――》


 《申請承認。これより、魔王ヴァルト・ノクスの“ランクアップの儀”を開始します》


 光も音も飲み込む暗黒の中で、俺は目を閉じた。


 ――こんなとこで終わらせねぇよ。

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