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働きすぎた社畜、死んだらダンジョン核に転生して魔王に!? 〜自由に生きてたら、気づけば勇者と結婚してました〜  作者: 烏羽 楓
第六章 理のその向こうへ

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第54話「勝機なき戦場、零れ落ちる光」

 悪食は蠢きながら進行を続けていた。

 黒い泥のような肉体が脈動し、ぬるりと形を変えながら触手を伸ばす。


 一本一本が生き物のように蠢き、獲物を探る蛇の舌のように空気を舐めていた。


 その触手に絡め取られた魔物たちは、悲鳴を上げる間もなく崩れていく。

 

 牙を剥いた狼も、鋼鱗を纏った竜の幼体も、翼を広げた怪鳥も――例外なく一瞬で溶け落ち、形を失った。


 骨も肉も魔力も、ただの液体へと変わり、どろりと悪食の本体へ吸い込まれていく。

 

 魔物たちの断末魔が重なり、耳にこびりつく。


「……魔物を……食べてる……?」


 美月が、信じられないものを見たように、かすれた声で呟いた。

 

 彼女の瞳は恐怖と嫌悪に震えている。


「そうじゃ」


 リルベアが低く答える。

 

 その声音には皮肉も余裕もなく、ただ冷徹な響きだけがあった。


「喰らうことでその者の力を奪い、吸収して進化する。それが――悪食じゃ」


 言葉を聞いた美月は硬直し、白い喉がこくりと上下する。

 

 唾を飲み込む音がやけに大きく、緊張を際立たせた。


 俺は奥歯を噛み締め、額に滲む汗を拭うこともできずに口を開いた。


「……本気でやりあったとして、俺達に勝機はあるか?」


 答えを聞きたくはなかった。

 だが、聞かずにはいられなかった。


 そして返ってきたのは――期待を粉々に砕く、あまりにも冷たい言葉。


「ないな」


 リルベアの瞳が、曇りなく俺を見据えていた。


「あやつは既に多くの魔物を吸収し始めておる。その中には……クゼスや、男勇者も入っておるじゃろう。絶対に勝てん」


 短く、断言された。

 

 その一言は心臓を素手で掴まれたかのように重く、呼吸が止まりそうになった。


 沈黙が三人の間に広がる。

 重苦しく、逃げ場のない空気。


 やがてリルベアがその沈黙を切り裂いた。


「今のわらわ達に出来るのは、世界中にこの事実を伝え、出来るだけ多くの勇者と魔王に協力を仰ぐことじゃ」


 現実的な、だが絶望的な言葉。


 美月が小さく息を呑み、唇を震わせて答えた。


「……それは、絶対に叶わないことだと思います」


 その声音は弱々しかったが、確固たる確信を帯びていた。


 一瞬、リルベアの視線が美月へと向く。

 だがすぐに戻される。


「じゃろうな。どういう状況であれ、魔王と勇者が手を組むなど、互いの利益が伴ってこそじゃ。皆が皆、お主らのような関係を築けるわけではない」


 冷たい言葉。


 だが、それは真実だった。


 リアの言葉は鋭く、胸に深く突き刺さる。

 

 ――なぜ、こんな状況にまでなって争う?

 利益? そんなものを言っている場合か?


 悪食がさらに力をつければ、誰も止められなくなる。

 そうなれば、この世界は本当の地獄に変わるんだぞ?


 不安と葛藤。

 そして、抑え切れぬ憤りが心の奥で渦を巻いた。


「どちらにしても……今のままでは、どんどん吸収されて力をつけていきます」


 美月の声が震える。

 

 それでも必死に剣を構え直し、前を向いた。


「魔物達を排除しなが――」


 その時だった。


 俺だけが“何か”の接近を察した。


 肌を切り裂くような悪寒に、思考が真っ白になる。

 喉の奥が勝手にひゅっと狭まり、呼吸が詰まる。


 視線を前に向けた次の瞬間――。


 悪食から伸びた二本の触手が、空気を裂きながら一直線に迫ってきた。

 

 それは矢でも魔法でもない。

 圧倒的な質量と殺意を宿した“死”そのものだった。


 俺の視界の両端を鋭く走り抜ける。


「――ッ!?」


「がはぁッ……!」


「ぐッ……!」


 耳を突き破る嫌な音。

 肉を裂き、骨を砕く鈍い音が重なった。


「――は?」


 振り返った俺の視界は、まるでスローモーションのように引き伸ばされる。

 

 音も匂いも遠ざかり、ただ光景だけが鮮明に刻まれる。


 そして――叩きつけられた現実。



 

 美月とリルベア。

 二人の胸部を、悪食の鋭く尖った触手が無慈悲に貫いていた。



 

 赤黒い液体が噴き出し、床を染める。

 

 音も光も遠のいていく。


 胸を貫かれた二人の姿が、まるで永遠に焼き付いたかのように視界から離れない。


 

 ――俺の思考は、完全に凍りついていた。

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