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働きすぎた社畜、死んだらダンジョン核に転生して魔王に!? 〜自由に生きてたら、気づけば勇者と結婚してました〜  作者: 烏羽 楓
第六章 理のその向こうへ

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第53話「現出せし天災、悪食の胎動」

 魔素が収縮を始めた。

 

 赤黒い霧が渦を巻き、空間の中心へと集束していく。

 その密度はもはや大気ではない。鉄の塊を肺に押し込まれるような重苦しさに、呼吸一つが難しい。


 パキン、と乾いた音。

 フロアの空間そのものに、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。

 黒い線が四方に伸び、床も壁も天井もひび割れた鏡のように歪む。


「なんなんだ、あれ……!」


 思わず声が漏れた。

 これはただの魔法や結界の崩壊ではない。世界そのものが割れ、外側にある何かが押し寄せてきている。


 美月は青ざめた顔で剣を握りしめ、肩を震わせている。

 彼女の光の剣すら、濁った空気の中で輝きを弱めていた。


「始まりよったか……」


 リルベアの声が静かに響いた。

 いつもの皮肉も余裕もない、緊張を帯びた声音。


 黄色の瞳に強い決意の光が宿る。


「ヴァルトよ、悪いが――ダンジョンを作り変えるぞ」


「はぁ!? 今そんな――」


 驚愕する俺をよそに、リルベアは即座にモニターへと手を伸ばした。

 指先が走り、無数の符号と魔術式が空間に浮かび上がる。


「っ……揺れるッ!」


 美月が小さく悲鳴を上げ、よろめいた。

 直後、ダンジョン全体が大きく震えた。轟音と共に床が波打ち、壁がせり上がる。


 フロアは裂け、視界がぐにゃりと歪む。

 次の瞬間――目の前に広がったのは、見渡す限りの超巨大空間だった。


 天井は高すぎて霞み、壁は遥か彼方。

 まるで別世界を丸ごと切り取ったかのような光景に、息が詰まる。


「美月、大丈夫か!?」


 彼女の腕を掴んで支えながら、俺は叫んだ。


「リア、一体何をやったんだ!?」


 リルベアは一度だけ振り返り、冷ややかに答える。


「ダンジョン内の下等生物どもを強制的に外へ排出し、五階層までの空間を一つに集約したのじゃ」


「なっ……!? なんでそんなことを――」


 問いかけようとした瞬間だった。


 亀裂の一つが大きく裂け、黒い咆哮と共に魔物の群れがあふれ出した。


 牙を剥いた狼型、黒鱗に覆われた竜の幼体、羽虫の群れ、触手を蠢かせる異形。

 大小無数の魔物たちが、津波のように押し寄せてくる。


 床を割り、壁を砕き、咆哮が轟音となって空間を揺らす。

 ただの群れではない。数千、数万単位で際限なく湧き出ている。


「なっ……止まらねぇ……!」


 次から次へと新手が押し寄せる、有象無象の濁流。


「スタンピード……」


 美月の声が震え、呟きが漏れた。

 その言葉を聞いた瞬間、脳裏に蘇る。


 

 

 ――悪食(あくじき)


 

 

「まさか……!」


 息が詰まる。

 視線を遠くに向けると、ただの魔物の奔流では済まないものがあった。


 群れを呑み込み、さらに奥から迫る異様な気配。

 一際不気味な闇の渦が渦巻き、その中心から――。


 ぐちゃぐちゃに溶けたヘドロの塊のような“何か”が、ずるりと這い出てきた。


 粘性の塊が脈動し、魔物を飲み込みながら形を変える。

 腕のようなものを伸ばし、飲み込んだ魔物の形を中途半端に再現しながら膨張していく。


 蠢くたびに異臭が放たれ、喉を焼き、目を潰すような刺激臭と魔力の圧が広がる。

 吐き気を催す腐臭に、美月が顔を覆い、膝を折りかけた。


「う、っ……! なんて匂い……!」


 俺ですら胃の中が反転するような感覚に襲われる。


 あれは、ただの魔物ではない。

 生態として存在していること自体が間違いのような、災厄の塊。


「現れたぞ」


 リルベアの声が鋭く響いた。

 その瞳は真っ直ぐに、その異形を射抜いている。


「自然災害に次ぐ、もう一つの――天災がな」


 空間を揺るがす轟音が重なり、魔物の群れと共に“悪食”が迫ってくる。


 黒い渦の奥から這い出るたび、フロア全体が脈動し、ダンジョンの根幹が悲鳴をあげていた。

 視界に広がるのは、ただの戦場ではない。地獄そのものだった。

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