第49話「黒翼の咆哮、第二形態への序曲」
血の匂いが残るフロアに、クゼスの狂気じみた笑い声が響き渡る。
「……あの小僧は死にましたか。惜しい駒でしたねぇ……しかし、どうでもいい。リルベア、あなたがここにいる――それだけで、私は満たされる」
狂気と陶酔が混じった瞳。
その視線に、リルベアが冷たく鼻で笑った。
「満たされる? 笑わせるな。わらわはお主の所有物ではないぞ、クゼス」
挑発するように言い放ち、白銀の髪を払う。
その言葉にクゼスの表情が一変する。怒りと興奮がないまぜになった声が響く。
「……なら、目を覚まさせてあげますよ。あなたが私の傍に立つのが当然だった、あの日々を――思い出させてあげましょう」
クゼスの剣が黒い光を帯び、空気が歪んだ。
ヴァルトはその殺気を正面から受け止め、剣を構え直す。
「行くぞ。全員で叩き潰す!」
短い言葉で合図すると、美月が頷き、光の剣を構える。ゼトスが巨体を低くし、リルベアが魔力を練り上げた。
同時に踏み込む。
金属音と衝撃波が重なり、フロアが爆ぜる。
美月の光刃が閃き、リルベアの風刃が唸り、ゼトスの牙が火花を散らす。
しかし、クゼスは一歩も退かない。
むしろ楽しそうに、三人の攻撃を受け流していく。
「ふふっ……いいですね。いい! もっと、もっと私を楽しませてください!」
剣が黒く伸び、床を抉る。
ゼトスが横から飛びかかり、氷牙を喰らいつかせようとした瞬間――。
「ガハッ!」
クゼスの蹴りがゼトスの脇腹にめり込む。巨体が宙を舞い、結界の壁に叩きつけられた。
「ゼトス!」
駆け寄ると、彼の銀灰の毛並みが赤く濡れていた。息も荒く、足元に血溜まりが広がる。
「……まだ、戦えます……!」
「いや、下がれ! それ以上は死ぬぞ! コアルームに戻って体勢を立て直せ!」
ゼトスは悔しそうに唸るが、ヴァルトの目を見て頷き、後方へと転移していった。
残った三人だけが、クゼスと対峙する。
「一体減りましたね~。三人だけで私に勝てますかね? くふふ」
クゼスがゆっくりと笑い、剣を構え直す。
ヴァルトと美月が左右から挟み込み、リルベアが雷撃で援護する。
剣と剣がぶつかるたび、骨まで震えるような衝撃。
美月の剣が閃光を描き、クゼスの頬をかすめた。
「ほう……」
黒い血が一筋、床に落ちる。
クゼスは舌でそれを舐め、恍惚とした笑みを浮かべた。
「いい……とても、いい……! あなた方、本当に私を倒すつもりなのですね」
「当たり前だ! お前はここで確実に潰す!」
ヴァルトが吠える。
攻撃が激しさを増し、ついにクゼスが壁際まで追い込まれた。
黒い魔力が渦を巻き、足元からヒビが走る。
「もう十分です。これ以上、あなた方の好きにはさせません」
低い声が響くと、フロア全体の魔力が一気に吸い込まれる。
空気が重く、呼吸すら難しくなる。
「下がれ!」
ヴァルトが叫ぶと同時に、三人は距離を取った。
クゼスの背から四つの黒い翼が生え、額から角が伸びる。
肉体が異形へと変じ、爪が刃のように長く伸びた。
禍々しい魔力が爆ぜ、フロア全体が黒い靄に包まれる。
「これが――私の真の姿です」
クゼスの声が低く響く。
その姿はまるで悪魔そのものだった。
「……第二形態か」
ヴァルトが剣を握る手に汗を感じる。だが、恐怖ではない。
むしろ、胸の奥に闘志が燃え上がる。
「ここからが本番じゃ。 皆、気を抜くでないぞ!」
リルベアが前に出る。
紫紺の魔力が弾け、彼女の髪がふわりと舞った。
「魔王クゼス、ここで貴方を倒す!」
美月も剣を構え直し、光をさらに強める。
三対一の戦い――だが、空気は完全にクゼスのものだった。
次の瞬間、黒い閃光が走り、床が砕ける。
「せいぜい私を楽しませてくださいね……」
総力戦の幕が上がった。




