第44話「緊迫の対峙、揃い踏みの戦場」
アキラと呼ばれた男の足音が階層に響く。
やたら派手な装飾のついた服をなびかせながら、乾いた靴音が一歩、また一歩と近づく。
そのたびに、フロア全体の空気が張り詰めていくのがわかった。
ここにいる全員が息を殺し、視線をその細身の影に注いでいる。
沈黙を破ったのは、美月だった。
「……何をしてるんですか、アキラ」
冷え切った声だった。
剣を構えるよりも鋭いその視線が、まるで氷柱のようにアキラを射抜く。
空気がさらに重くなる。クゼスでさえ、面白そうに目を細めている。
「知り合いか?」
俺が小声で問うと、美月はほんの一瞬だけ目を伏せ、吐き捨てるように答えた。
「勇者仲間の後輩です。……そして、私のストーカーです」
……ストーカー?
おいおい、クゼスに続いてコイツもかよ。どいつもこいつもストーカーじゃねーか!
思わず心の中でツッコんだその時、アキラが肩を竦め、にやりと笑った。
「ストーカーだなんて酷い言い方するなぁ。ただ先輩が好きな後輩ですよ」
軽口を叩くその声音は、どこか愉快そうだった。
だが美月の表情は一切揺れず、冷たく告げる。
「妹さんから聞きましたが、あなた……私の写真を部屋中に貼ってるらしいですね」
その一言に、場の空気が一瞬で凍りついた。
クゼスの口元がわずかに引きつり、俺も何も言えなくなる。
「……っ、そんなことより!」
アキラはわざとらしく咳払いして話題を切り替えた。
「先輩、魔王と手を組むなど冒険者組合の規約違反ですよ」
あ、話そらした。
俺は心の中で呟きながら、アキラの表情を睨む。
「貴方がそれを言いますか。よりによって、魔王クゼスと……。世界でも滅ぼす気ですか?」
美月の声が鋭く響く。
アキラは肩をすくめ、あっけらかんとした笑みを浮かべた。
「ありえませんね。俺は貴方が手に入ればそれで良い。しかし、魔王とつるんでるとなれば話が変わってくる。しかも、魔王二人とです! そっちこそ世界を滅ぼす気なのでは?」
美月の眉がわずかに動く。
「ヴァルトさんはそんな人じゃありません! リルベアさんも、優しい人です!」
声には一片の迷いもなかった。
アキラは鼻で笑い、剣の切っ先を床に落とす。
「そのヴァルトやらは知りませんが、魔王クゼスとやり合える時点で危険ですし、そもそも魔王リルベアはダンジョン外侵攻をした魔王ですよ? そんな奴と親しくするなどあり得ない!」
しかし美月の目は、もはや敵を見るそれだった。
クゼスは腕を組んだまま、二人のやり取りを楽しそうに見物している。まるで見世物小屋だ。
互いの主張はぶつかるばかりで、平行線を辿っている。
だが一つだけ、確かなことが見えてきた。
美月は、自分の自由を得るために。
俺たちは、平和なダンジョン運営を続けるために。
互いの利害関係が一致して、こうして一緒にいる。
――そして、クゼスはリルベアを手に入れるために。
アキラは、美月を手に入れるために。
手を組んでいるんだろう。
勇者と魔王の組み合わせが二組――。
互いに特攻を持つ存在同士、実力は拮抗する。いや、むしろこっちが劣勢か。
まともにやり合えば……実戦経験の差でたぶん、こっちが負ける。
状況の悪さに、思わず顔を歪めた。
その時だった。
『なら、わらわが加われば、状況は覆るの』
脳内に、あの艶やかな声が響いた。
次の瞬間、俺と美月の間に魔法陣が展開される。
紫紺の光が爆ぜ、床石に複雑な紋様が走る。
現れたのは――不敵な笑みを浮かべるリルベアとゼトスだった。
艶やかな髪が揺れ、彼女はゆっくりと視線をアキラとクゼスに巡らせる。
ゼトスも巨大化し、ガルルルッ!と二人を威嚇する。
「――さて。ここからが本番じゃろう?」
その声に、場の空気が一気に緊迫した。




