第42話「憤怒の咆哮、魔王vs魔王」
少しの沈黙が流れた。
レイラは剣を払うと、血を振り落とし、ゆっくりと踵を返す。
回廊には、鉄の匂いが鼻を刺し、石床に広がる赤黒い染みがじわじわと広がっていた。
『とりあえず、一旦戻りますね』
淡々とした声。いつもと同じ口調だった。
だが、俺はどこか胸騒ぎを覚えながらモニターを見ていた。
――こういう時の嫌な予感は、当たる。
回廊の奥に、突如として巨大な魔法陣が展開されたのだ。
紫がかった光が脈動し、回廊全体を妖しく照らし出す。空気が一瞬で張り詰め、魔力が渦を巻く。
「は?」
リルベアが短く声を漏らす。
「え?」
美月も同じく困惑の声を上げた。
しかし俺だけは、別のものを見ていた。
――魔法陣の中心から、斬撃が飛び出してくるのが見えたのだ。
『レイラッ! 避けろッ!』
反射的に叫んだが、間に合わない。
「え――」
レイラが振り返った瞬間、視界を覆うほどの斬撃が飛来した。
肉が裂ける生々しい音、石床に血が飛び散る音、そしてレイラの身体が切り刻まれていく光景――。
赤い飛沫が回廊の壁に花を咲かせた。
彼女の剣が床に落ち、乾いた金属音が響く。
そのまま、レイラの身体は崩れ落ち、光の粒となって霧散した。
「レイラァァアァアアアッ!!!」
叫びが勝手に喉から飛び出す。
胸の奥が灼けるように熱い。頭の中が真っ白になる。
「ヴァルトよ、落ち着けっ!」
リルベアが俺の肩を掴む。
「レイラは眷属じゃ! お主が死なん限り、レイラも死なん! 時間経過でコアルームに蘇生される、安心せいっ!」
言葉は耳に入った。理屈も分かる。
だが、心は納得しなかった。
モニター越しとはいえ、俺の仲間が殺された。
判断を誤った。油断した。
まさか、転移魔法陣から先制攻撃が飛んでくるなんて――想像もしていなかった。
胃の奥がねじ切れそうな感覚。
怒り、悔しさ、自己嫌悪――感情がぐちゃぐちゃに絡み合い、胸の中で暴れ回る。
そのとき、転移魔法陣の光がさらに強く輝いた。
床が震え、壁の紋様が青白く反射する。
やがて、そこから一人の影が姿を現した。
深い紫色の癖毛、長い前髪が片目を隠し、ひょろっとした体型。
だが、見た目の華奢さとは裏腹に、全身からあふれる魔力が肌を刺す。
息苦しいほどの圧が、広間を満たした。
「あれれ~? 瞬殺かぁ。もう少し強いと思ってたけど……ただの雑魚だったか~」
気怠そうに頭を掻きながら、そいつは呟いた。
その無神経な声が、俺の頭の奥で爆ぜる。
次の瞬間、俺の中で何かが切れた。
押さえつけていた魔力が一気に溢れ出す。
空気が歪み、机や椅子が吹き飛び、魔力の圧でモニターの表示が揺れる。
「ぶち殺す……」
低く、唸るように呟いた。
周囲の魔物たちが怯え、部屋の隅に退避するほどの殺気。
「ヴァルトよ、待てッ!」
リルベアの制止など耳に入らない。
俺は瞬時に転移魔法陣を展開し、自分の体を光に包ませた。
次の瞬間、視界が切り替わる。
◆
――第十一階層。
血の匂いと焦げた魔力の臭いが混じり合い、回廊は重苦しい空気に包まれていた。
紫髪の男は、リルベア人形の入った封印へと歩み寄る。
その足取りはゆったりとしているが、確実に獲物を狩る捕食者のそれだった。
「あぁ……会いたかったよ。僕のリルベア……」
陶酔したような声。
指先が封印の鎖に触れようとした瞬間、頭上に新たな転移魔法陣が展開された。
「あ?」
男が小さく声を漏らし、視線を上げる。
俺は陣から飛び出し、渾身の踵落としを叩き込む。
男は驚きながらも腕でガードし、衝撃波が回廊を震わせた。
石壁に亀裂が走り、砂埃が舞う。
「おいゴラ……てめぇ、クゼスだな?」
歯を食いしばり、男を睨み付ける。
「いきなり来て、俺の眷属になにしてくれんだ、あ?」
衝突と共に殺気が部屋を満たしていく。




