第41話「封印が軋む時、影が笑う」
リルベアとの念話が途切れても、胸のざわつきは収まらなかった。
俺は無意識に監視画面のウィンドウを拡大し、巡回ルートを確認する。魔物たちは普段通り巡回しているが、平穏に見えるその光景が逆に落ち着かない。
「……本当に大丈夫ですか?」
背後から声がかかった。レイラだ。冷ややかな瞳で俺をじっと見つめている。
大丈夫なわけがない。だが、今ここで動揺を見せるわけにはいかない。
「ああ、問題ない。ちょっと気になっただけだ」
と笑って誤魔化すと、レイラは一瞬眉をひそめたが、それ以上は追及しなかった。
その瞬間、リルベアが椅子をきしませる音とともに近づき、俺の耳元で小声を落とす。
「第十一階層の巡回を強化せい。薄っすらとじゃが、ダンジョン内に妙な気配を感じる」
短く、鋭い声だった。
俺は小さく頷き、レイラの方へ向き直る。
「レイラ、巡回を強化する。特に第十一階層を重点的にな」
「……分かりました」
彼女はためらいなく踵を返し、部下の魔物たちを引き連れて転移門へ向かった。
◆
――第十一階層。
そこはコアルームを模した区画で、現在は第三者を欺くために、リア自身が作り出した“リルベア人形”を美月の魔法で封印している。
見た目だけなら本物と見紛う精巧さで、外部からの干渉を避けるために多重の封印と鎖で覆われている場所だ。
レイラは無表情のまま巡回を進めていた。
彼女の背後には、狼型の魔物と二体のゴーレムが付き従い、足音を石床に響かせる。
緊張感が、徐々に強まっていく。
その頃、監視室では俺がモニターを凝視していた。
すると、俺の魔力探知が急速に近づく存在を察知した。
「……来るぞ」
思わず呟き、すぐにレイラへ通信を飛ばす。
『第十一階層に向けて外部の魔力反応が急接近してる! 注意しろ、敵は近いぞ』
『了解です』
レイラの短い返事が響いた次の瞬間、回廊の影が歪み、黒装束の影が飛び出してきた。
無言のまま、鋭い双短剣がレイラの喉を狙う。
レイラは紙一重で身を翻し、影と正面から対峙した。
影は人型だが、気配が人間ではない。獣のような俊敏さと、魔王の眷属特有の濃い魔力の臭いがする。
「……侵入者。排除します」
冷たい声とともに、レイラが血の剣を創造する。
◆
戦いは苛烈だった。
レイラが引き連れていた魔物たちは、初撃であっさりと切り伏せられる。狼の悲鳴と同時にゴーレムも崩れ落ちる。
「……!」
(まじか、一応ランクアップした個体だぞ!? 瞬殺かよ……)
俺は思わず身を乗り出したが、隣のリルベアは静かにモニターを見つめていた。
「まさか、あれが魔王クゼスか?」
「そんなわけなかろう」
リルベアは鼻で笑う。
「――が、眷属であることは間違いないの」
美月が腕を組んでモニターを睨む。
「眷属にしては強いですが……まあ、レイラなら大丈夫でしょう」
彼女の言葉どおり、レイラは冷静だった。
影の連撃を最小限の動きでかわし、カウンターの一閃を浴びせる。鋭い金属音と共に、斥候の短剣が弾かれた。
だが、次の瞬間だった。
斥候が放った投擲武器が、封印障壁に直撃する。
耳をつんざくような金属音とともに、小さな魔法陣が展開され鎖の一部が裂けた。術式が青白く弾け、魔力阻害の光が漂う。
「……っ!」
白い霧が立ち上り、封印の奥から幻影が浮かび上がる。
それは――リルベア人形の姿だった。
「……まずい!」
レイラがわずかに目を見開く。だが次の瞬間には集中を取り戻し、斥候の懐に踏み込んで剣を突き立てた。
黒装束が一瞬痙攣し、崩れ落ちる。
――その直後だった。
ダンジョン全体が震えるほどの魔力波が走った。
黒装束がゆらりと揺れ、同時に空気がざわつく。
――聞こえてきたのは、低く、どこか甘やかな男の声。
『……やっと見つけた』
モニター越しにも、背筋が粟立つ。
まるで耳元で囁かれたかのように、声が脳に直接響いた。
『今会いに行くよ――愛しのリルベア』
その言葉と同時に、斥候の姿は霧散した。
俺は椅子の背もたれに沈み込み、深く息を吐いた。
「……おいおい、まさか今の声……」
背筋を冷たいものが撫でる。
――最悪の未来が、今、現実になろうとしている。




