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働きすぎた社畜、死んだらダンジョン核に転生して魔王に!? 〜自由に生きてたら、気づけば勇者と結婚してました〜  作者: 烏羽 楓
第四章 入り浸り勇者と来訪する執着者

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第40話「忍び寄る魔王の影」

 どこかモヤモヤとした感情を残しながら、俺はモニターの映像を遠目に眺めていた。

 

 偵察隊が去り、広間には再び魔力の静寂が戻っている。


 美月やレイラは口喧嘩を再開し、ゼトスはそれを微笑ましげに眺め、リルベアは退屈そうに椅子を揺らしていた。

 

 ――平和な空気。だが、さっきの悪寒だけはまだ胸にこびりついている。


 その時だった。


『……ヴァルトよ』


 低い声が、頭の奥で直接響いた。

 リルベアの念話だ。


『お主は今の気配、気付いておったな?』


 俺は思わず彼女を見る。だが、リルベアは首を小さく横に振り、何事もなかったかのように欠伸をしている。

 

 外見は完全にいつもの調子。だが、心の内では続ける。


『なんでもない顔をして、モニターを見ておれ。他の者には知られるな。ここからは、わらわとおぬしだけで共有する』


 俺は小さく頷き、あえて管理画面を操作するふりをした。

 

 マップを拡大したり縮小したり、どうでもいい確認作業を装いながら、心の中だけで問いかける。


『……リアも気付いたのか? なんなんだ、さっきの気配』


 一拍の沈黙の後、リルベアの声が低く落ちてきた。


『……魔王クゼス、であろうな』


「……!」

 

 思わず身体が固まる。


 魔王クゼス――どこかで聞いたことのある名前だ。

 

 だが、すぐには思い出せない。ぐるぐると思考が渦を巻く。間違いなく聞いたことのある名なのに、記憶の糸が掴めない。


 そんな俺を見かねたのか、リルベアが静かに補足した。


『ロジル地方――いや、こちらの言い方ではアジア地方か。そのアジア地方で最大規模を誇るダンジョンのマスターじゃ』


 その言葉を聞いた瞬間、記憶が一気に繋がった。

 人間として生きていた頃、配信でもニュースでも幾度となく耳にした名。

 

 「最強のダンジョンボス」「アジアの魔王と呼ばれる存在」「挑む者は皆帰らぬ」――そう形容されていた。


 ……まて。え? なんでそんな奴の名前がここで出てくる?


『なんでだよ……なんで、そんな奴の気配がここに?』


 俺の問いに、リルベアは一拍置いてから吐き出すように答えた。


『……わらわが復活したからじゃろうな』


 その声音には、珍しく苦い響きがあった。

 リルベアが続ける。


『あやつは……昔から、わらわに執着しておった。付きまとい、跡を追い、ストーカーまがいの真似ばかりする厄介な男じゃ』


 ……ストーカー? 魔王の?

 冗談みたいな単語が飛び出してきて、俺は一瞬現実感を失った。


『好いておるのだろうが……愛というより、歪んだ執着じゃ。わらわが何をしようと付きまとい、強引に「運命」などとほざいておった』


 リルベアの瞳は普段の冷ややかさを超えて、ほんのわずかに憎悪を帯びているように見えた。

 

 その反応だけで、クゼスという存在がどれほど彼女にとって忌々しいかが分かる。


『え、美月やレイラの反応みて作った話とかじゃなく?』


戯け(たわけ)ッ! そんなわけあるかっ!』


 キッと俺の方を睨み付けながら、念話で怒鳴りつけてくる。


 念話だと脳に直接響くから辞めて欲しいんだが……。

 

『……もしかすると、先の偵察隊に、あやつの息のかかった者が混じっておったかもしれん』


『スパイ、ってことか?』


『うむ。組合の者を装い、わらわの所在を探らせていた……と考えるのが自然じゃな』


 背筋に冷たい汗が伝った。

 

 つまり――クゼスはリルベアがこのダンジョンにいると察知し、動き始めている。


『魔王同士、互いの気配はどうしても敏感に感じ取るものじゃ。特にあやつは……わらわに異常な執着を持っておる。気付かれてしまったと考えるべきじゃな』


 俺は唇を噛む。

 

 偵察隊をやり過ごしたばかりなのに、今度は別の魔王が来訪するかもしれない――?


『リア……もし本当にそいつが来るとしたら、どうする?』


 俺の問いに、リルベアは苦笑めいた声を返した。


『さぁの。わらわは奴を倒したことはない。むしろ、追い払うのが精一杯でな……。まともに戦えば、わらわでさえ骨が折れる』


 俺の心臓がどくん、と強く跳ねた。

 リルベアがそこまで言う相手――それが魔王クゼス。


『じゃが――』


 リルベアの声音が、低く鋭く変わった。


『奴がこの地に来るのは、ほぼ間違いあるまい。そして、狙いはわらわだ。……いや、正確には、“わらわと共にあるおぬし”じゃろうな』


『……俺?』


『うむ。奴が現状どこまで知り得ているかは分からぬが、わらわを追えばおのずと、おぬしに辿り着く。さすれば眷属となった、わらわを解放しようとするじゃろうしな』


 胃の奥が重く沈む。

 偵察隊とのやり取りを切り抜けた安堵は、たった今、霧散した。


 ――魔王クゼスが来る。

 その予感が、現実味を帯びて胸に突き刺さる。


 俺は再びモニターに目を向け、魔物の巡回や階層の状況を確認した。

 

 いつもの日常に見える。だが、次の瞬間にその平穏が吹き飛ぶ未来が、頭をよぎって仕方がなかった。

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