第3話「俺のダンジョン、配信事故でバレました」
レイラがずんずんと通路の奥へ進んでいく。その背中を、俺は観察用のモニター越しに見送っていた。
世界の声の案内でダンジョンの監視用インターフェースを開き、ようやく慣れ始めたウィンドウ操作をこなしながら、ふと気づく。
……ていうか、俺が最初に設置した罠とかゴブリンたち、あれ全然意味なかったんじゃ?
その疑念はすぐに現実になる。
最初の侵入者――黒髪の冒険者が現れ、俺が丁寧に配置した罠を、まるで散歩でもするように突破していったのだ。
落とし穴はひょいと飛び越え、毒針は携えた小型盾で難なく弾き、ゴブリン三体に至っては何の抵抗も許さず瞬殺。
あいつら、せっかく召喚したのに悲鳴すら上げられなかったぞ……。
なんか……ごめん。
あまりのあっさり具合に、モニター越しでも分かるくらい、冒険者の表情には余裕があった。
「おい、これ本当に大丈夫なのか? 魔物の数、どう見ても足りてないだろ……」
思わず愚痴が漏れると、頭に世界の声が響く。
《ご安心ください。レイラは“始祖”のヴァンパイア。魔人すら退ける戦闘力を有しており、A級冒険者程度ならば敵ではありません》
「じゃあ、ほとんどの冒険者は相手にもならないってことか? えぐいな……」
あの無表情のツンケンした美人が、実はそんな規格外だったとは……。いや、確かに眷属召喚のときから雰囲気違ってたけどさ。最初に配属される部下がチートキャラって、どんな高難易度ダンジョンだよ。
そうしてるうちに、ついにレイラと冒険者が接敵。
俺は息を呑んで、モニターに映る戦闘の行方を見守る。
――瞬間、レイラの姿が霧のように消えた。
気配も音もない。だが次の刹那には、彼女は冒険者の懐にいた。そして、鋭い爪で横一文字に切り裂く。
冒険者は間一髪で剣を抜いて防御。衝撃で数歩下がりながらも、なんとか体勢を立て直したが、完全に押されてるのは明白だった。
え、こっわ。っていうか、速すぎてカメラ追えてないし……。
レイラの動きは一切の無駄がなかった。秒単位で繰り出される斬撃は、冒険者に反撃の余地すら与えない。
さすが俺の眷属だな……いや、むしろ俺がレイラの部下じゃない?
絶対俺よりレイラの方が強いですやん。
冗談交じりにそう考えていたとき、ふとモニターの端に映り込んだ妙な物体に目が留まる。
「ん? なんだ?」
球体の小型機械が、冒険者の頭上をふわふわと浮いている。レンズらしきものが回転し、光を放っていた。
見覚えがある――そう、あれは間違いなく中継用の自立ドローン。俺が前世で働いていた、ダンジョン配信会社でもよく使われていたやつだ。
「うわ……まさか、これって……配信されてる!?」
思わず、声が裏返る。最悪の予感が、脳裏にこびりつき、冷や汗が背筋を伝う。
「レイラッ!まっ――」
俺の制止も虚しく、レイラは冒険者にトドメを刺す。
その鋭い一撃は、そのまま頭上のドローンにも及び――文字通り、跡形もなく粉砕してしまった。
「あああああっ、やっちまったぁああああ……!」
映像越しとはいえ、悲鳴が漏れる。いや、これは叫ばざるを得ない。あれが中継されてたら、ダンジョンの存在もろとも、全世界にバレた可能性があるってことだ。
その直後、世界の声が淡々と告げる。
《先ほどの戦闘映像は、既に冒険者組合によって確認されていました。当該ダンジョンは“危険区域”として指定され、調査および攻略の準備が進行中です》
「うあぁぁぁ……マジで!? いや分かってたけど、やっぱそうなるよなぁ!」
俺は頭を抱えてのたうった。眷属は強い。いや、強すぎる。でも空気は読まない。
せめて、ドローン破壊の前に止めてくれよレイラァ……!
天井を仰ぎ見て、俺はうなだれた。
ダンジョン配信中に、ドローンごと冒険者が一瞬で殺されるとか、完全に配信事故だ。
そのインパクトは強く、対処しようにも、もう遅い。
世間は、このダンジョンの存在を知ってしまった。
俺は、魔王としての第一歩を踏み出したばかり――まだ人の姿すら持たない、ただの核石(しゃべる石ころ)なのに。
スローライフどころか、波乱の幕開けじゃないか。
……はあ。ほんと、やってらんねぇ。
っていうか、次来るやつ、絶対あの冒険者より強いやつだよな……。
大規模な討伐隊とか、精鋭部隊とか……うわー、想像したくねえ。
「……終わったな、これ」
俺は魔王だけど、まだ戦えない。今のところ、脳筋ヴァンパイアである眷属と、ダンジョン編集能力だけが頼り。
……こんなんで本当にやっていけるのか?
俺の平穏は、いったいどこに……。
これから始まるであろう怒涛の魔王ライフを、この時の俺はまだ知らなかった――。




