第38話「勇者の圧、偵察隊との対峙」
――封印の再構築を終えた美月は、静かに手を下ろし、スッと振り返った。
偵察隊の先頭に立っていたのは、大柄で筋肉質な中年の男だった。
鍛え抜かれた体躯だけでなく、纏う気配がすでにただ者ではない。歴戦をくぐり抜けてきた戦士だけが持つ、鋭い空気をまとっている。
だが、美月にとってそれは威圧にもならない。
彼女はその視線を正面から受け止め、むしろ逆に圧をかけるかのように一歩前へ出た。
「再構築、お疲れ様です」
男は軽く頭を下げ、落ち着いた声で名乗る。
「私は、冒険者組合より内部調査の命を受けた佐野と申します」
美月の瞳が冷ややかに光を差す。
勇者としての威圧――いや、それは強者がいつでも潰せると暗に示す、覇気そのものだった。
「私以外が来ても意味がないと、伝えたはずですが?」
その声に、偵察隊の空気が一瞬で張り詰める。
佐野は微かに目を細めたが、怯んだ様子は見せず、静かに言葉を返した。
「承知しております。しかし、美月様はほぼ毎日この階層に通い、封印を再構築されているとか。上層部としても、現状を知る必要があるという判断でして」
「だとすれば、私を通して聞くのが筋でしょう」
美月は氷のような声音で切り返す。
「わざわざ秘密裏に偵察隊を動かすなど――勇者を侮辱する行為です。虫唾が走りますね」
その瞬間、彼女から放たれる覇気がさらに重くなり、場を包む。
いくら偵察隊が選りすぐりの精鋭であろうと、美月は勇者。
魔王と対を成す存在であり、敵に回してはならない象徴だ。
言い換えれば、目の前に魔王が立っているのと変わらない。
「……そういう規則となっておりますゆえ、ご容赦を」
佐野はそう前置きしつつも、一歩も退かずに言葉を続けた。
「して、何故そこまで頻繁に再構築を? 見たところ、封印の綻びは大きくなかったように思えますが」
美月は小さく息を吐き、呆れを隠さずに応じた。
「それすら気付けないから、私以外が来ても意味がないと申し上げているんです」
ため息交じりにそう言うと、視線を逸らさず、淡々と続ける。
「魔王リルベアは本来、勇者が二人がかりで挑むべき相手。復活したばかりで本調子でなかったからこそ封印できました。この封印は――絶対に、解かせてはならないのです」
「……ならば、しっかりとレイドパーティを組み、討伐してしまえばよいのでは?」
佐野の一言に、美月はわずかに目を細めた。呆れすら滲ませて。
「一体どれほどの被害が出ると思っているのですか。人の命は、使い捨ての消耗品とは違いますよ?」
短い沈黙が落ちる。
美月は一拍置いてから、更に声を低くした。
「それに――どうやらダンジョンコアが“魔王”と一体化しているようです。倒せば、ダンジョンそのものが消えてしまうでしょう」
「それは、本当ですか!?」
佐野が思わず声を荒げる。
美月はただ一度、静かに頷いた。
その仕草を見届けた佐野は顎に手を当て、しばし思案に沈む。
やがて、結論を告げるように口を開いた。
「……今後の動きは慎重に考える他ありません。この件は持ち帰り、上層部の判断に委ねましょう」
そう言い残し、佐野は偵察隊を率いて踵を返す。
やがて彼らの背中は、扉の向こうへと消えていった。
広間に静寂が戻る。
美月は小さく息を吐き、鋭さを湛えていた瞳を和らげた。
その様子をモニター越しに見ていた俺も、リルベアも、深く息を吐き出す。
背もたれに体を預け、僅かな安堵を覚える。
――ひとまず、この危機は去った。
このまま何事もなく終われば良いのだが。




