第34話「鎖に込めた意志」
魔法陣が完成すると、美月は静かに剣を収め、両手を胸の前で組むようにして構えた。
淡く輝く線光が魔法陣を伝い、空気がわずかに震える。地下の冷気が一層張り詰め、息をするのもためらわれるほどだ。
「……始めます」
その声は先ほどまでの軽さを完全に消し去り、儀式に臨む者の静けさと決意が宿っていた。
俺もレイラも、自然と背筋を伸ばして見守る。
床の魔法陣から湧き上がる光が、中央の人形を包み込む。
やがて光は球状に膨らみ、まるで透明な水の中に漂うように人形が浮かび上がった。
外周の光は脈動し、鼓動のように明滅する。
「ほぉ……綺麗なもんだな」
思わず口から感嘆が漏れる。
その隣でレイラは腕を組み、表情ひとつ動かさないまま、ただ鋭い眼差しを球体へと注いでいた。
「本来、あの人形の位置に自分達が入っていたと考えるとゾッとしますけどね」
「……怖いから聞かなかったことにするね?」
光の球の表面に、細い魔力の鎖が一本、また一本と這い始める。
鎖は互いに絡み合い、網のように全体を覆っていく。その動きは遅いが、確実に、逃げ場を塞ぐように絞め上げていく。まるで生き物のようだ。
「封印は“力”より“意志”です」
美月は息を整えながら呟く。
「どれだけ強く縛っても、解こうという意志に負ければ意味がない。だから――」
最後の鎖が繋がり、球体全体が淡い白光に包まれた瞬間、美月は低く、しかしはっきりと宣言した。
「ここに封じる。我が剣と、我が命にかけて」
音もなく、光が収束し、鎖は硬質な輝きのまま球体を閉じ込めた。
封印は完成した――そう誰の目にもわかる光景だった。地下の空気が少しだけ柔らぎ、緊張が解けていく。
「……やるな」
俺が素直に言うと、美月は軽く息を吐き、にこりと笑った。
「これでも勇者ですから」
「勇者にしては、随分と悪だくみに手慣れてそうですが」
レイラが淡々と刺すように言う。
「うっ……それは、その……必要なことですから!」
美月が慌てる様子に、俺は思わず笑ってしまった。
儀式を終えると、美月は剣を鞘に収め、俺とレイラを見回した。
「さて……これで準備は整いました。あとは冒険者組合に報告して、この封印を“公式な記録”に残します」
「本当に行くのか?」
俺の問いに、美月は力強く頷く。
「ええ。これで皆も安心できるはずですし、私も堂々とここに来られますから」
「……やっぱり“遊びに”が本音なんじゃないか?」
俺が茶化すと、美月は頬を膨らませた。
「そんなことないですってば!」
その言葉の後に小さく「……たぶん」と続いていたことは、聞かなかったことにしよう。
俺たちのやり取りを見ていたレイラが、ふっと目を細める。
「……まあ、あなたが来るたびに周りが騒がしくなるのは目に見えていますが」
「それって褒めてます?」
「さあ、どうでしょう」
互いに笑い合う二人を見て、俺は少しだけ女って怖いなって思った――いや、ここでは心が軽くなったと言っておこう。
出口まで見送りに行くと、美月は振り返り、真っ直ぐにこちらを見つめた。
「ヴァルトさん、レイラさん。今日はありがとうございました。……また来ますね」
「ああ。立場は違えど、この縁がいい方向に転がることを願ってる」
そう言うと、美月は微笑み、軽く手を振って階段を上っていく。足音が徐々に遠ざかり、やがて完全に消えた。
その背中が闇に溶けるまで、俺は黙って見送った。
奇妙だが確かな縁が結ばれた。次に会うとき、この縁がどうなっているのか……少しだけ楽しみだ。




