第28話「魔王ヴァルト・ノクス――覚醒す。」
リルベアの大振りな一撃が、岩壁の空間を削るように振り抜かれた。
空気が歪み、衝撃が地響きのように反響する。
だが、勇者はその刹那を読み切っていた。
剣を抜くことすらせず、重心を僅かにずらすだけで、リルベアの爪をいなす。
「っち」
リルベアの舌打ちが漏れる。
続く一閃。今度は両手を広げ、多重魔法を発動させ、漆黒の槍と共に鋭く踏み込む。
それに対して、勇者が小さく呼吸をすると剣を一気に振り抜く。
次の瞬間――魔法もろとも空間が爆ぜる。
「っ……!? リルベア!」
モニター越しに、俺は思わず叫んでいた。
視界いっぱいに土煙が舞う。
その中心から、黒く燃え上がるリルベアのオーラが噴き上がるのが見えた。
「まったく、これだから勇者は嫌いなんじゃ。なんでもないかのようにわらわの魔法を蹴散らしよる」
彼女の声が、かすかに震えている。
強がってはいるが、今の一閃を避けきれていなかった。
目を凝らすと、腹部のあたりに傷が走っているのがわかる。
その傷口から、黒い魔素のようなものが揺らめいていた。
その瞬間――
「……っぐあっ!?」
強烈な痛みが、俺の腹に走った。
膝が崩れ、思わず床に手をつく。
何だ、今の……?
「主!? どうされましたか!?」
「主! 大丈夫ですか!?」
ゼトスとレイラの声が飛んでくる。
だが、言葉を返す余裕がない。
身体の奥、まるで臓腑を直接殴られたような痛みが、波のように押し寄せてくる。
「……なんで、俺が……」
リルベアの傷――まさか、それと同時に……?
混乱と戸惑いが、頭の中を駆け巡る。
痛みはすぐに引いていった。
が、それが逆に恐ろしかった。
リルベアの傷が深くなればなるほど、俺自身も――
いや、待て。
……これは、もしかして。
思考が一点に集中する。
リルベアを召喚したとき――確かに、俺は“何か”を失った気がした。
あのとき、“核”の一部が持っていかれたような感覚があった。
それが、ただの比喩や魔力消費ではなく――文字通り、持っていかれてて“連動”している可能性。
つまり。
俺のコアの一部が、リルベアに宿っている。
その仮説が正しければ……彼女が傷つけば、俺もダメージを受ける。
それどころか、もし彼女が――
……死んだら、俺も……?
背筋に冷たいものが走る。
モニターの向こうで、リルベアが再び雄叫びを上げる。
その姿を、俺はただ黙って見つめるしかなかった。
いや――まだだ。
俺は、まだここで突っ立ってるだけの役立たずで終わるつもりはない。
リルベアは、俺が召喚した眷属だ。
俺の核の一部を受け取り、命を得た存在。
ならば――あいつと俺は、もっと深く繋がっているはずだ。
さっき走った痛みも、その証拠。
なら、逆に、俺から“何か”を送れる可能性だってあるんじゃないか。
魔力でも、命の鼓動でも――あるいは、”俺自身”を。
その瞬間、脳裏に一つの光景がよみがえった。
あのとき、リルベアを召喚した瞬間――。
もっと根本的な、存在の一部が“共有”された感触。
もし、あのリンクがまだ残っているなら……。
俺は、リルベアの“座標”に瞬時に到達できるかもしれない。
「主、無理は――」
ゼトスの声を遮るように、俺は目を閉じ、核の意識へと集中を深めた。
呼吸を整える。
思考を沈める。
自分の“中心”へと、まるで井戸の底に手を伸ばすように。
そして――あった。
明確な“接続点”。
リルベアの存在が、俺の中の“核”と繋がっている確かな感覚。
その先からは、微かな揺らぎと痛み。
リルベアの命が、確かに燃えているのがわかる。
……あいつは、まだやれる。だけど、このままじゃ――。
勇者の剣が、もう一度リルベアに振り下ろされるその瞬間が、脳裏に浮かぶ。
たとえ致命傷でなくても、次の一撃で、あいつは――
――だが、俺が今ここで動けるなら。
魔王として、命を共有する存在として。
このリンクを、“通路”として使えるなら。
「……行くぞ」
誰にでもなく、俺はそう呟いた。
脳裏で、“転移”の感覚が芽生える。
核の奥、リルベアへと繋がるルートに、俺自身の存在を流し込むように――
意識を、解き放つ。
“突破”の意思が、限界を超えた――その瞬間、懐かしい声が告げる。
まるで俺に”立ち上がれ”と言わんばかりに――。
《魔王ヴァルト・ノクスの格が上がりました。レベルアップに伴い、形状の変化と”全て”の制限解除を行います》
◆
リルベアが、次の斬撃を防ぎきれず、膝をつこうとしたその瞬間。
空間が、裂けた。
闇の魔力が渦を巻き、刃を阻む障壁が割り込む。
そして、その中から”一人”の影が現れる。
魔王ヴァルト・ノクス――降臨。




