第27話「魔王の右腕、死地に立つ」
“勇者”――
その言葉に頭の中が真っ白になった。
いや、違う。真っ白になった“フリ”をして、考えることから逃げたんだ。
目の前に突きつけられた“最悪の事実”に、咄嗟に現実逃避しようとした。
だが、モニターに映るその姿は、何度まばたきをしても変わらなかった。
映っているのは、ただ一人の女性。
淡々と進み、まっすぐに階層の奥へ向かってくる。
警戒も、躊躇もない。
まるで、ここが“彼女の領分”であるかのように、当然の顔で。
……あり得ない。
このダンジョンは、どれだけ腕の立つ冒険者でも慎重に進まなければ命を落とす。
それを、あんなにも無防備に――いや、“余裕で”進んでいるようにしか見えない。
「……こいつ、本当に“勇者”なんだな」
自分の声が、ひどく小さく、震えていたのがわかった。
リルベアは頷きもせず、ただ黙って画面を見つめている。
レイラもゼトスも、珍しく口を開かなかった。
それが何よりの“答え”だった。
やがて、勇者が階段を踏みしめる音が聞こえるような気さえして、俺はようやく口を開いた。
「……迎撃するぞ。全員で」
「了解です、主。全戦力、配置へ」
ゼトスが即座に頷いた。
だが――レイラは動かなかった。
「……どうした?」
「その命令、撤回を提案します。勇者相手では普通の“戦い”では止まりません」
その声音は、いつもより低く冷たかった。
「なら、どうすればいい?」
「“彼女”が本当に“勇者”であるなら、対応出来るのは現状――リルベア様しかいません」
レイラの言葉に、全員の視線がリルベアに向く。
「リアが単独で……?」
俺の戸惑いが言葉に出る。確かに勇者に対抗するには、最高戦力であるリルベアを当てるのがいい。
だが、未知の脅威に単独で向かわせていいのか?
しかし、俺の戸惑いをよそにゼトスが口を開く。
「それは確かにそうかもしれません。我々がいてはむしろ邪魔になってしまう可能性がある」
ゼトスの言葉が、レイラの言葉を裏付けるように響いた。
レイラもゼトスも、本能的に”勇者”との力量差を感じ取っているのかもしれない。
”勇者”と”魔王”という存在が、自分たちとは一線を画す世界に生きているということを。
「ふむ。確かに、わらわしかおらんじゃろな」
何かを思い出すように少しの沈黙のあと、リルベアはそう言うと踵を返し、転移魔法陣を出す。
「大丈夫なのか……?」
思わず口に出る。
勇者の手によってリルベアは一度――殺されている。
大丈夫なわけがない。わかっていても口にせずにはいられなかった。
”勇者”との戦いは、間違いなく――死闘。
「さぁ、どうじゃろな。だが、明らかに狙いはわらわじゃ。自分の”発言”の尻ぬぐいはせんとな」
――歩き出すその姿は、堂々としていた。
そして、転移魔法陣の光に包まれるリルベアの背中を見送った。
◆
――第七階層。
広々とした岩壁の空間を進む女勇者。
そして――その前にリルベアが現れ、互いに足を止めた。
ついに向かい合う二人。
その行く末を俺はモニター越しに眺める。
やがて、静寂の中に、声が落ちた。
「わらわを殺しにきたか? ”勇者”」
低く、しかし確かに響く声。
リルベアから初めて聞く“殺意”のこもった声だった。
その問いに――
勇者は、たった一言、こう返した。
「コアを確認しに来ただけよ。邪魔しないでくれる?」
「かかっ! 魔王の対になる存在がぬかしよるわ」
その瞬間――リルベアの笑みが、静かに、けれど鋭く吊り上がった。
そして、全体の空気が一変する。
静寂が、緊張に変わった。
血の気が引くような圧力が、画面越しでも伝わってくる。
それは――まさしく、“戦闘開始”の合図だった。
――次の瞬間、二人の影が、同時に動いた。




