第26話「勇者、来訪」
バシュッ! ゴォォォンッ!
訓練場に、魔法の炸裂音と風切り音が立て続けに響き渡っていた。
空間が震え、床がうっすらと焦げる匂いを帯びる。
漂う魔力は飽和寸前で、熱と冷気がぶつかり合いながら乱反射していた。
その中心で――俺とゼトスが、激しくぶつかり合っていた。
左翼から黒い稲妻を放ち、右翼には闇を凝縮した刃。
それらを一気に展開し、角度とタイミングをずらして突っ込む。
今回はいける――!
そう思った次の瞬間。
「っ……ちょっ、はやっ!?」
ゼトスの巨体が、風のように動いた。
俺の魔法を正確に見極め、最小限の動きでかわしていく。
ガッ、と尻尾が床を鳴らし、次の瞬間、視界が傾いた。
「うおっ――」
バランスを崩した俺の前に、ゼトスの前脚が迫る。
しかし、その鋭い爪は寸前で止まった。
「はい、ここまでですね。主」
穏やかな声と共に、静かに距離を取るゼトス。
俺はそのまま地面にへたり込み、深く息を吐いた。
「くっそ……今回はいけると思ったんだけどなぁ……」
この特訓、すでに一週間は続いている。
最初はただの模擬戦だったが、オーガキング戦以降、俺の中で意識が変わった。
――このままじゃダメだ。
何かが起きたとき、俺自身が戦えるようになっていなければ、ダンジョンの主なんて名ばかりだ。
そう思って、ゼトスに頭を下げて、付き合ってもらっている。
「主は確実に強くなっております! 前よりも詠唱が早くなっていますし、攻撃の組み立ても工夫されておりました!」
「……フォローがうまいな、お前」
「いえ、事実です! ですが、一発の威力に頼りすぎる傾向がまだ見られます。もっと柔軟な使い方ができれば、さらに戦術の幅が広がるかと」
「それ……一番治んないやつだろ……」
呟きながらも、心の奥では少しだけ嬉しかった。
ゼトスは性格的に、お世辞なんて言わない。
本当にそう思っているから、本心で言ってくれてる。
それが、地味に効く。
「よし……んじゃ、もう一回だ!」
気合を入れて立ち上がろうとした、そのときだった。
――ピィイイイイィィッ!!
訓練場全体に、けたたましい警告音が鳴り響いた。
空気がビリビリと震え、訓練場の証明が点滅する。
「っ、なんだ!?」
「緊急アラート……です!」
反射的に顔を見合わせ、俺とゼトスはすぐさまコアルームへと駆け出した。
◆
コアルームに飛び込むと、正面のモニターには赤い警告フレームが点滅していた。
レイラとリアが無言でその前に立ち尽くしており、視線は食い入るようにモニターへと注がれている。
その背中から伝わる空気が、いつもと違った。
緊張――というより、緊迫。
「これ一体なんの音だ! なんかあったのか!?」
息を切らしながら叫ぶ俺に、レイラは言葉を返さず、ただ手を伸ばして画面を指した。
その先に――一人の人物が映っていた。
階層を進んでいく、女性の姿。
その女は、黒髪をなびかせて歩いていた。
風が外套をはためかせるたび、まるで“覚悟”がにじみ出ているような気迫がある。
鎧は軽装。けれど、足取りに迷いは一切ない。
あの目は……俺たちを“敵”として、確実に仕留めようとしている――そんな視線だった。
「……誰だ?」
ぽつりと呟いたその瞬間、部屋の空気が変わった。
レイラも、ゼトスも、言葉を返さない。
ただ、リアだけが――数秒の沈黙の後、低く呟いた。
「……勇者じゃ」
その一言で、俺の思考が止まる。
心臓の鼓動が、妙に遠くで響いた。
視界の中で、モニターの赤い光だけが明滅を繰り返す。
“勇者”――
その言葉の意味を、俺は知っている。
存在として、力として、そして……なにより、“象徴”として。
なぜ今、このタイミングで?
そんな疑問が浮かぶよりも先に、
モニターの中のその姿が、すべての現実を物語っていた。
――俺に“物語の終わり”を与えるかもしれない存在。
そんな存在が今――一歩、また一歩と、確実にこちらへと迫っていた。




