第20話「命を削る願い、応じたのは“元魔王”」
魔法陣が蒼黒く脈打つ。光が走り、雷がバチバチと弾け飛ぶ。
疲労感に耐えきれず、俺はその場にへたり込むように身体をついた。
「主!? 大丈夫ですか!」
すかさず駆け寄ったレイラが、俺の身体を抱きかかえる。彼女の眉が、不安そうに寄せられる。
「……ああ、大丈夫。少し……疲れただけだ」
息を荒げながらも、俺は魔法陣から目を離さない。
魔力が流れ出ていく感覚。ごそっと、魂ごと削られたような虚脱感。それでも俺は、期待せずにはいられなかった。
その“願い”に応えるように、魔法陣の中心から一筋の光が溢れ、小柄な人影が姿を現す。
白銀の長い髪。猫のように釣り上がった目。華奢な体格とは裏腹に、周囲の空気を支配するような威圧感。
現れたのは、腰から黒い翼を生やした一人の少女だった。
その姿にレイラは目を丸め、俺は安堵した。
「……ははっ、マジで上手くいきやがった」
ぐったりとしたまま、笑みがこぼれる。
少女は無言で辺りを一瞥し、視線をヴァルトへ戻す。黄色の静かな瞳が、鋭く射抜く。
「お前が私を呼んだのか。いや――今は、“主”と呼ぶべきか? 魔王ヴァルト・ノクス」
低くも凛とした、冷たい声だった。
「好きに呼んでくれ。今はお前の力が借りたいんだ」
俺は言葉を続ける。
「魔王――リルベア・ベルベッティ」
口にしたその名は、かつて討伐された魔王の一柱。
本来、いくつか格が上がってからでなければ不可能な眷属の“指定召喚”。
しかも相手は――”魔王”。
俺は、この危機に一か八かでそれを強行したのだった。
「ふむ。なら、ヴァルトと呼ぼう。わらわのことは、“リア”と呼ぶといい」
淡々とした調子で名乗る少女。だが、その声には力があった。
俺は小さく頷いた。もうそれ以上、動く余力も残っていなかった。
「にしても、ヴァルトも無茶をしよるな。普通、思っても……魔王を召喚しようなどと考えもせんぞ」
「俺も賢いとは言えないからな。正直、無理だと思ってた。新参もので、格も上がってない状態で、しかも指定召喚で”魔王”なんて……無謀に決まってる」
言葉の端に、自嘲が混じる。
「で? そこまでして、わらわを呼び寄せなければいけなかった原因は――」
リルベアは言いながら、視線を監視モニターへ向ける。
「……あれか?」
映し出されていたのは、十階層での戦闘。
ゼトスとS級冒険者たちの激突は、さっきよりも更に激化していた。
双方ともに傷だらけで、呼吸すら苦しそうだ。
「……なんとかできるか?」
静かに問いかける。すがるようでも、信じるようでもなく、ただ真っ直ぐに。
「誰に言うておる」
リルベアはふっと口元を緩めた。
「ヴァルトよ、副管理者権限をよこせ。……管理者権限のところから出来る」
その言葉に、俺はうなずき、魔力タッチでウィンドウを操作する。
権限の付与が完了した瞬間、リルベアの周囲の魔力が濃く変化した。
「……行ってくる」
そう告げると、リルベアは背を向けた。
「お前を呼べてよかった。……後は頼む」
呟くように背中へ投げかけた言葉に、リルベアは振り返らず、短く答えた。
「そこで見ておれ」
その姿が、眩い光に包まれ、消える。
◆
――十階層。
ゼトスとS級冒険者たちは、互いに疲弊し、睨み合っていた。
呼吸が浅く、剣の握りも重そうだった。
ゼトスの動きも鈍い。大技を撃てる魔力量は残っておらず、傷が多すぎて動きに切れがない。
冒険者たちもまた、限界は近い。
剣士もタンクも肩で息をし、汗と血にまみれていた。
そんな中、ヒーラーの少女が――ようやく、静かに目を開ける。
掌の魔方陣が、完成の輝きを放っていた。
彼女が唱えていた“何か”が、いままさに発動しようとしていた――。




