第13話「元人間、現魔王。迷いと覚悟の狭間で」
五階層の中ボス部屋。そこに、男女三人組の冒険者たちがついに到達した。
剣士の男を先頭に、後方に魔法使いの女性、そして重装備を身にまとった大盾持ちのタンク職の男。
息を整えながらも、三人はすでに戦闘態勢だった。部屋の奥には、禍々しい瘴気を漂わせながらマザーウィッチが佇んでいる。
次の瞬間、剣士が地を蹴った。疾風のごとく距離を詰め、マザーウィッチの懐へと踏み込む。刃が風を裂くように振り下ろされるが、マザーウィッチは杖を一振りし、毒霧を纏って後退。
すぐさま魔法使いの女が詠唱を完了させ、火球を連続で放つ。マザーウィッチの逃げ道を遮るように炎が炸裂し、タンクが盾を構えて突進する。連携は完璧だった。
連撃の嵐に、マザーウィッチは防戦一方。距離を取ろうにも、それすら許されない――じわじわと追い詰められていく。
レイラが小さく唸るように言った。
「……なかなか、やりますね」
ゼトスも尾を振りつつ低く唸る。
「さすがに、ただの冒険者とは一線を画してますな」
しかし――マザーウィッチが静かに呪文を唱えると、空間に黒い魔方陣が足元に広がると同時に、空気が軋んだ。
そこから、呻くような声と共に――魔物たちが這い出してくる。
ゴブリン、インプ、ナイトメア、影狼。どれも数は多くないが、奇襲としては十分な効果があった。
タンクの男が咄嗟に前に出て魔法使いの女性を庇い、剣士が切り込むも、数の差で徐々に押されていく。
マザーウィッチは距離を取り、再び瘴気を撒きながら幻術を重ねていく。フィールドの霧が濃くなり、冒険者たちの視界が奪われていく。
やがて、魔法使いの女がふらりと膝をついた。
「もう、魔力が……っ」
タンクの男が彼女を支え、後退しようとするが、入口に続く扉は微動だにしない。
ゼトスが目を細めた。
「主、こやつら逃げるつもりではないでしょうか?」
俺は首を横に振る。
「んや。五階層と十階層のボス部屋に関しては、どちらかが倒されるまで扉が開かないようにしてある。逃げれはしないよ」
焦るタンクの男、うずくまる魔法使い、孤軍奮闘する剣士。
その剣士が突如、動きを止めたかと思うと――
剣士の男の瞳が、一瞬だけ揺らいだ――次の瞬間、剣が仲間へと振るわれた。
幻術にかかったのだ。
剣士の行動に混乱し、立ちすくむ仲間たち。幻術を解こうにも魔法使いは魔力が枯渇していて解呪魔法が発動できない。
マザーウィッチと魔物たちが一斉に襲い掛かる。悲鳴が上がり、戦いは終わりを告げた。
沈黙。
モニター越しでも伝わってくる血の気の引いた空気。濃霧の向こうで、動かなくなった冒険者の影が、ひとつ、またひとつと増えていく。
レイラは静かに頷き、ゼトスは尻尾を振って戦果に満足げだった。
しかし、俺だけは素直に喜べずにいた。
胸の奥が重い。
なんだ、このモヤは。
視線を落とすと、レイラが小首を傾げて問いかけてきた。
「……主。どうされました?」
俺は少し悩んでから、正直に口を開いた。
「なんか……後味が悪いというか、複雑なんだよな。殺し合いをさせて、その末路を見るってのが、どうも……」
レイラは少しだけ沈黙したあと、ゆっくりと口を開く。
「主は、元人間です。まだどこかで人間としての心が残っているのではないですか?」
その言葉に、ハッとする。
確かに。
俺は、自由に生きたかった。
ただそれだけだった。
人を殺したいわけじゃない。
だから宝箱を設置した。少しでも楽しんでもらえたらと。
だから逃げられるルートも用意した。殺さずに済むように。
それでも、ボス部屋というのは生死を分ける場所。
今日の戦いで、それを痛感した。
……これからは、俺も覚悟を決めて、冒険者たちと向き合っていかないといけない。
そう、強く思った。
俺が追い求めている自由と理想を叶える為には、俺自身も成長する必要があるのだと。
元人間として、現魔王として――。




