第10話「再会と、俺が選んだ道」
監視モードに切り替えたモニターには、石造りの通路を慎重に歩く一人の老人の姿が映っていた。
その姿を見た瞬間、俺は凍りつく。
「……は?」
映っていたのは、前世――社畜として死ぬ直前に、俺に声をかけてきた、あのホームレスのおじいさんだった。
まさかこんな形で再会するとは。
「ゼトス!」
『はい、主!』
「そのおじいさんの周囲から魔物を遠ざけろ! 絶対に手を出させるな!」
『御意!』
ゼトスは即座に行動に移った。
そのやり取りを見ていたレイラが、不思議そうに俺へ問いかけてくる。
「主、どうかされたのですか? あの人間がなにか?」
「別になにかってわけでもないし、そんな知り合って長いわけでもないんだが……あのおじいさんには、変わろうと思う“きっかけ”をもらったんだ」
「なるほど、今の主があるのはその人のおかげというわけですね」
「ある意味な。ちょっと、行ってくる」
俺は浮遊したまま、老人の元へと向かった。
◆
久しぶりの対面。
老人は俺の姿を見た途端、驚愕の表情を浮かべ、後ずさる。
「おじいさん、久しぶりだな」
俺は穏やかに声をかけると、言葉を続けた。
「残念なことに、老い先が短かったのは、俺の方だったよ」
その言葉に、老人は怪訝な顔をしつつも、徐々にその目を見開き――
「まさか……あの時の……!」
俺は静かに頷いた。
「魔物払いはしてある。出口に向かいながら、少し話しませんか?」
並んで歩きながら、俺はあの後に起こったこと――死んで魔王として転生したこと、このダンジョンを任されたことなどを簡単に説明した。
すると、老人も語り出した。
「わしはあの地震の時、偶然安全な場所におってな……命だけは助かった。しかし、街は壊滅的で、今じゃあちこちにダンジョンが生まれて混乱が続いておる。ここも、そんな中の一つじゃ。生活の糧を得られればと思って、泣く泣く潜ったんじゃよ」
「そっか……外はそんなことに……」
「お前さんが気にすることではないさ。お前さんは、もう“そっち”の存在になってしもうたんじゃしな」
少し寂しげな声だったが、続く言葉は力強かった。
「だが、立場は違えど……お前さんは“新たな道”を見つけたのだろう?」
「……そう、ですね。以前に比べて活き活きとしている、とは思います」
「ならそれでいい。人は辛い時に耐えることも必要だが、“耐えるべき”時とそうじゃない時がある。以前のお前さんは、そうじゃなかった。変わる選択を取ったお前さんは、正解じゃよ」
胸の奥がキュッと締めつけられるような感覚と同時に、どこか救われた気がした。
けれど、ふと心に浮かんだ疑念――
俺は、今“人を殺す側”にいる。これでいいのか……?
そんな俺の心を見透かすように、老人は言う。
「だいたい、お前さんが何を考えているかは分かる。けれど、そんなことは気にせんでええ。人間も虫や家畜を殺すときに、いちいち悩んだりせんじゃろ?」
静かに、けれど真っ直ぐに続けた。
「生きとし生けるすべてのものには、それぞれの“理由”と“生き方”がある。お前さんはお前さんらしく、生きればよい。あわよくば……わしのことも、このまま見逃してくれるとありがたいがな」
そう言って、老人は茶目っ気を含んだ笑顔を浮かべた。
「……今回だけですよ?」
俺も笑った。
やがて、二人はダンジョンの最奥、階段の手前まで辿り着く。
俺は最後に、拡張ポイントを少し使って中級の宝箱を生成する。
「ほんの少しの時間だったけど……俺は、色々救われた。これは、その礼だ。持って行ってくれ」
「かっかっか! ほんとにお前さんはいい青年だな。人が好すぎるぞ?」
「じゃあ、宝箱はいらないですか?」
「いや、もらっていくぞ!」
老人が宝箱を両腕で抱きしめる姿に、俺はつい吹き出した。
「それでは、おじいさん。お元気で」
「ああ。お前さんもな」
そう言い残して、老人はダンジョンの外へと転移していった。
俺はしばらく、その消えた光の残滓を眺めていた――。
いまは迷ってもいい。けど、止まってはいけない。
俺が選んだこの道を、俺なりに歩いていこう。
おじいさんとの出会いは、そう思えるようになった出会いとして、俺の記憶に強く残った。




