終わりと始まり
ブラック企業で働いて、どれくらい経っただろうか。数年? 十年? いや、もう数えることすらしなくなった。
俺の名前は黒川 陣。三十代、独身、貯金なし。実家とはほぼ絶縁状態。
職業は、ダンジョン配信を支えるシステムエンジニア──ただの裏方だ。
冒険者たちが映像で派手に活躍する裏で、俺はひたすらバグと睨めっこ。
夜遅くまでログを解析し、朝になれば仕様変更。休日出勤は当たり前。
上司からは「代わりはいくらでもいる」と笑顔で告げられ、深夜のオフィスでひとり、冷えた缶コーヒーを啜る日々。
そして気がつけば、俺は三十代に突入していた。
誕生日を祝ってくれる人はいない。祝うどころか、昼飯すら食ってない。生きる活力なんて、もう何年も前に食い尽くした。
――そんな俺にも、奇跡が起きる。
二ヶ月ぶりの、休日。それだけで、少し涙が出そうになる。
いつの間に、こんな涙もろくなったんだろう。
仕事帰り。久々に太陽の光を浴びながら、ふと公園に立ち寄った。
ベンチに座り、自販機で買った缶コーヒーを手に取る。
「……はぁ」
仰ぎ見た空は、やけに青くて。
綺麗すぎて、逆に腹が立った。
「何やってんだろ、俺……」
独り言をボヤいていると、ふとベンチの隣に、誰かが腰を下ろす。
「今にも死にそうな目をしているな」
ボロ布をまとった老人だった。どこからどう見ても、ホームレス。
「おじいさんは、今にも死にそうな見た目をしてるけどな」
「っはは、これは一本取られたな。まだ若いのに、どうした」
「“若いのに”って言葉、あんまり好きじゃないんです。中身は思ったよりボロボロなんで」
「生きることに、疲れたと?」
「まあ、はい……」
「わしはもう老い先短いがな。お前さんは、自分次第でまだまだ変われるじゃろ。こんな時代になっちまったが……新たな道を探すのも存外悪くない」
すれ違っていく若者の一団が目に入る。
軽装の装備、剣や銃、笑い合う声。――あれは、冒険者か。
「……そう、ですね。なにか、探してみます」
そう言って、俺はその場を後にした。
――その夜。小汚いアパートの天井を見上げながら、俺は考えていた。
自分らしさって、なんだろう。
何のために働いて、何のために生きているのか。
考えたところで答えなんて出ないのに、俺はずっと、そこから逃げられずにいた。
そのときだった。
――突き上げるような大きな揺れ。
「地震!?」
と思った瞬間、天井が崩れる。
崩れ落ちる天井の隙間から、最後に見えたのは――俺が一度も使うことのなかった部屋の照明だった。
「……やっぱり、買うだけ無駄だったか」
床が割れ、家具が飛び、すべてがスローモーションのように見えた。
一瞬で自分に死が訪れたことが分かる。
案外、呆気ないもんだな。終わりってのは、いつも突然で、容赦がない。
自分の人生ってなんだったんだろう。
惨めで、つまらなくて、何も残せなかった。
だけど本当は──
俺は誰よりも優れてて、いつか大成して、皆に敬われて、
使い切れないほどの金を稼いで、好きな女を侍らせて、
好きなもんを好きなだけ食って、自堕落に生きる──
そんな人生を、心のどこかで夢見てた。
もちろん現実は違う。
だけど、そういう生き方を実現してるやつがいるのも事実で。それが、心底羨ましかった。
こんなふうに終わるくらいなら、せめて──
ダンジョンで暴れて、“殺戮の嵐”でも演じてやるんだった。
もっと長生きして、楽しく暮らしてみたかったなぁ……
次、生まれ変わったら……自由に生きてやろう……
そんなことを思いながら、俺はそっと目を閉じた。
次の瞬間――脳の奥に、何かが流れ込んでくる。
とてつもなく気持ち悪くて、吐き気すら覚える異物感だった。
《新たなダンジョンが発生しました。続けて、特定条件の達成を感知。詳細を確認します》
《生への後悔……達成確認しました》
《生への渇望……達成確認しました》
《七つの大罪……達成確認しました》
《魔環境適応……達成確認しました》
《五万の魂を贄として、核を生成します》
《――魔王が誕生しました》
「……ま、おう……?」
その言葉を最後に、俺の意識は、すとんと落ちた。
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