第67話 1番大切なこと
拓人と離婚した後、私は玲と2人で同居することになった
「おっかえりー!今日はロールキャベツとミネストローネのスープを作ったよ!一緒に食べよう!」
玲は私と同居を初めてから毎日ご飯を作ってくれている
仕事から帰ってきたら玄関まで迎えに来てくれることも嬉しい
ラブラブの同棲カップルよりも仲良く同居していると思う
忠犬のように私にひっついて側から離れようとしないのも
屈託のない笑顔で笑って話してくれるのも
全部私が欲しかった愛情で
このまま永遠にこの時が続けばいいと
本気で願った
月末になると、玲は小説を書き始める
ご飯を用意して出迎えることもなく1人で部屋に篭り小説を書く
一度知ってしまった甘い蜜を忘れることが出来なくて
私よりも小説を優先することに苛立ちを覚えるようになってしまう
“小説なんてなければ俺を一生愛してくれたのに”
と拓人がよく言っていた言葉が今になって胸に沁みる
私は拓人とは違って玲の小説も大好きで尊敬していて
玲の小説を読むのは今でも大好きだけど
仕事でトラブルがあったときに
しんどくて辛くて誰かに甘えたくて
私を癒して欲しいと思っている時に限って
私は1人取り残されることになる
“私はミナを1番に大切に出来ないから一緒にはいられない”
と玲が話をしていたことを思い出す
別に1番大切にしないと言っても月に1週間だけでしょう?と思っていたけれど
この1週間がかなり辛い
玲はきっと私が事故に遭っても、誘拐されても、この1週間だけは優先してくれない
何があっても小説の世界から離れてくれない
どんなに辛くて苦しい時でも
玲は見向きもしてくれないだろう
ずっと一緒に住んでいれば
いつか私は玲を恨むときがくる
だから私達はずっと一緒にはいられない
玲の担当の南さんは小説を書いている玲に引っ掻かれたり蹴られたりしながらも世話を焼いている
「嫌になりませんか?自分のことを見向きもしない態度を取られて気分悪くなりませんか?」
私は気になって南さんに問う
「いいえ。嫌だなんて思ったこと一度もありません。」
「こんなに大変なのに?」
「はい。この役割は誰にも渡したくないとさえ思っていますよ。」
「自分のことを見つめて貰えないことはストレスになりませんか?自分の声も思いも何も届かなくなって虚しくなりませんか?」
南さんはクスクスと笑って答える
「ならないです。私は迫田先生と会話をしている時より、私のことなんで眼中になく小説を書いている姿が1番好きです。かっこいいじゃないですか。」
「…そうね。」
私も玲が小説を書く姿を愛してあげればずっと一緒にいられただろうか
私はそこまで聖人君子にはなれない
1週間で玲は小説を書き上げて屍のように眠った
次の日の朝になり、チャイムが連打される
インターフォン越しにカメラで確認するとそこには純也さんがいたので
私はインターフォンのチャイムの音を切り
見なかったことにした
するとガチャっと扉が勝手に開く
「邪魔するぞ。」
と堂々と純也さんが入ってくる
「あの…鍵を渡した記憶はないのですが…」
「ピッキングして開けた。」
「ピッキング早すぎませんか?」
「ここの部屋のセキュリティ悪くないか?」
「いえ…純也さんが有能すぎるだけかと。勝手に部屋に入ると不法侵入罪という犯罪なんですよ?ご存知ですか?」
「今日は玲との約束の日なのに待ち合わせに来ないから迎えに来ただけだ。」
「まだ朝の6時ですが。」
「今日は豪華客席に乗ってクルージングに行くんだ!早くしないと出航してしまう!!」
「えぇ…玲は一昨日小説を書き上げたばかりでまだ疲れているんです。寝かしてあげてはいかがですか。」
「そうだな。迫田さんは客船の中で眠ってもらおう。」
「…。」
当然のように玲の部屋へと侵入していく
寝ている玲をひょいとお姫様抱っこをして抱えて玲は純也さんに拉致されてしまった
豪華客席のクルージングは2泊3日だったようで玲が帰ってきたのは3日後だった
「酷い目に遭った…」
とふらふらの状態で玲は帰ってきた
「純也さんに虐められたの?」
「そうなの…冬に豪華客船なんて乗るものじゃない…外で夜空を見上げよう!とか言うから外に出て夜空の星を眺めることになったの。星は綺麗だったけど、寒さで死ぬかと思った。」
玲は純也さんのこと嫌いだと思う
純也さんのことを話す玲は愚痴ばかりだ
拓人は私達が引っ越してから休日の度に家へと来る
玲が出掛けることが苦手なので、部屋で過ごしている
拓人が玲に話しかけたりするのだが、玲はすぐに飽きてしまって全然会話にならない
玲が小説を読み始めると拓人はずっと玲を眺めているだけだ
「ねえ。全然相手にされていないわよ。いい加減諦めたら?」
と私が言うと拓人は微笑んで答える
「美奈子は玲のどこを見ているの?玲は俺と会話しようと努力してくれている。」
「そうなの?私と話す時は退屈そうにされたことなんてないから知らなかったわ。」
「玲が俺の為に歩みよってくれている事実だけで胸がいっぱいになるよ。」
「今も小説を読んでいるだけで放置されてるわよ。」
「いいんだよ。側にいられるだけで幸せだから。」
そう言って拓人は玲が小説を読んでいる姿を何時間も眺めて幸せそうにしている
拓人はきっと玲が小説を書いている1週間の間に事故に遭って玲が見舞いに来なくても
恨んだりはしないのだろう
「なぁ。玲に好かれる方法って何?」
と拓人が私に聞く
「話にオチがないのがダメなんじゃない?話が面白くない。」
「面白くなるにはどうすればいいんだ。」
「そうね…やっぱり経験じゃないかしら。他の人とも会話を増やして話すことを練習した方がいいわよ。」
「そうだな…やってみるよ。」
「玲は小説よりは絶対に大事にしてくれないわよ。それでもいいの?」
「それでもいい。俺には玲しか愛せない。いつかは小説よりも愛してもらえるように努力すればいい。俺が1番大事だと言ってくれるまでずっと側にいるんだ。」
哀れな人だ
玲が小説よりも大事になんてしてくれるわけがないのに
それでもずっと側にいて愛せる拓人は
私とは格がちがう愛の深さを感じざるを得なかった




