第58話 初恋
私と純也さんのお付き合いが始まってからもう2ヶ月が経つ
仕事帰りに食事に行った回数は8回
付き合って2ヶ月しか経っていないけれど、まだ食事をすることしかしていない
キスどころか
手を繋ぐことさえしていない
それに…私達は2人でデートしたことがない
純也と玲は月に一度遊びに行く約束をしているのに
「今日のレストランも景色もいいし、味も最高級で美味しかったです。毎回別の場所なのに良いレストランばかりで凄いですね。」
「レストランは接待でよく使うからな。今度は料亭に行こうか。」
「はい。楽しみです。」
たわいもない話をしながら食事をして帰るだけ
私の為に食事に連れて行ってくれるだけで
舞い上がるほど嬉しいはずなのに
玲と純也さんが2人で出掛けているという事実だけで
胸のもやもやが晴れない
私とは…デートしたことないのにって
どうしても思っていまう
1日お休みを取って出掛けることなんて
私にはしてくれないのに
玲にはするんだなって
「先日、玲とカラオケに行ったそうですね。」
感情的にならないように
冷静にポーカーフェイスを保って私は話す
「あぁ…月に一度出掛ける契約だからな。」
「楽しかったですか?カラオケは?」
「いや…全く…玲も歌える曲がそもそもなかったからな…」
「今度はもっと歌える曲を増やして行くそうですね。」
「歌うことは得意なんだ。だから歌えるようになれば楽しめるかもしれないからな…」
「楽しく出掛ける練習をしているのですか?」
「練習?」
「あ…いや…違ったのならいいんです。すみません。」
私とのデートの練習だなんてやっぱり思い上がりも甚だしい
「今まで仕事しかしてこなかったツケが回ってきているのだ。プライベートで人を楽しませることがこんなにも難しいなんて思わなかったよ。」
「玲はお世辞とか言うタイプではないですからね。つまらないなんて言われてショックですよね。」
「いや…上辺だけの関係しか付き合ったことのない私達にとって素直に答えてくれる存在は貴重だからね。はっきりと嫌な感情を表されるのは戸惑いもあるけれど、新鮮な気持ちの方が大きいかな。」
「そうですね…私も…よくわかります。」
仕事しか生きてこれなかった私達にとって
玲の存在は特別だ
「9割ぐらいはつまらなさそうに嫌な顔をしているんだけど…時々本当に楽しそうに笑うんだ。一瞬だけだけどね。不思議とずっとつまらなかったはずなのに思い出すのはその一瞬の笑顔なんだ。何故だろうね。」
「もっと楽しませたいと思うのですか?」
「いや…そうではなくて…私がこんな風に笑えたことがあったかなと。純粋に楽しくて笑えることが羨ましかったのかもしれない。」
「私との食事は楽しいですか?」
「正直…よくわからない。楽しいわけではない。つまらないわけでもないけれど…」
「そうですか…じゃあ私とも出掛けてみませんか?私が純也さんを心の底から笑わせるように頑張りますよ。」
「いや…でも…今の私と出掛けてもつまらないと思うが…」
「いいんですよ。つまらなくても。純也さんと一緒に過ごす時間が嬉しいんです。私とも出掛けてください。」
「フフッ。つまらない時間にも価値がある。」
「?」
「つまらない時間にも価値があると玲に教えて貰ったんだ。世の中の家族や恋人はもしかしたらずっと楽しい時間を過ごしているわけではないのかもしれない。つまらない時間がほとんどで、楽しい時間を過ごす時間の方が短いのかもしれない。それでも…きっと構わないんだ。つまらなくても好きな人と長く過ごす時間が価値があるんだ。楽しくなくてもつまらなくても一緒過ごすことがきっと価値があって人生の財産になるんだ。そのことがようやくわかったよ。」
「それでは恋人の私も一緒に長く過ごす時間を増やして欲しいですね。」
「増やしてるじゃないか。」
「食事だけじゃ足りません。デートしてくれなきゃ。」
「私は人を退屈にさせる天才だぞ?いいのか?」
「それも玲に言われたんですか?」
「そうだ。」
「構いません。つまらなくても一緒に過ごしたいです。私は純也さんが好きだから。」
「そうか…」
「純也さんは?」
「え?」
「私のこと好き?」
「娘のように可愛がっているよ。」
「恋人としては?」
「今はまだ見れないな。」
「じゃあ…どうして私と結婚を前提に付き合おうなんて言ったのですか?」
「玲が望んだから。」
「玲が…?」
「美奈子を幸せにしてあげて欲しいと。結婚しろと言われたから。」
「言われたから結婚するんですか…?」
「私は以前もそうだった。」
「玲の望みを叶える為に私と付き合っているのですか?」
「そうだ。」
「そんなに玲が気に入っているなら玲と結婚すればいいじゃないですか。」
だめだ
こんなこと言ったらだめなのに
感情的にならずに
冷静に話さないといけないのに
嫌われるだけなのに
めんどくさい女だと思われるだけなのに
「私のことなんて別に好きじゃないんでしょう?結婚は好きな人とするんですよ。玲が好きなら玲と結婚すればいいじゃない!!」
だめだ
止まらない
最悪だ
こんなこと言っても
嫌われるだけなに
「いや…?玲のことは好きではないが…」
「…え?」
「急に人を攫うような頭のおかしい女は好きではないよ。」
「そ…そうですか…」
「恋人にするなら美奈子のような大人しくて従順な子がいいな。」
「じゃあどうして玲に構うのですか?」
「私にはない価値観を持っているからね。プライベートの自分が本来の自分の姿だと言われたけれど…仕事をしすぎて本来の姿を忘れてしまった。でも玲と一緒にいると思い出せそうなそんな気がするんだ。」
「私ではだめですか?」
「美奈子は私が育てたようなものだからね。価値観が似ているんだ。」
「そう…ですね。」
私には純也さんしかいなかったから
純也の考えや教えこそ
正しいものとして育ったから
だから…私達は玲に惹かれるんだ
自分にない
特別な何かを
いつも私達に与えてくれるから
「美奈子と出掛けるのは緊張するな。私への評価が地に落ちそうだ。」
「水族館に行きませんか?」
「楽しいのか?」
「いえ…わかりません。」
「じゃあどうして水族館に行くんだ?」
「1番デートっぽいから。」
デートをしたら手を繋いで愛を囁いてみよう
少しずつでも意識されたい
私が恋人だって
純也さんに気づいてほしくない
純也さんは玲に恋をしているって




