第1話 出会い
恋をした。恋って本当に堕ちるものなんだ。
その人は私の大学の特別講義に来ていた。若干二十四歳にして、大企業の幹部をしている。父親の会社とはいえ、計り知れない程の努力をしたのだろう。誰もが認める有能な人だった。自信に満ちたオーラ。なにもかもが私と違った。私は高校生で小説家としてデビューはしているが、たまたま運がよかっただけ。特に努力もしていない。現役高校生が書いたという話題性で売れただけの存在だった。
私のような小娘相手にしてくれるかわからないけれど、噂によると付き合う女の子はすぐに変わるらしいので、私もワンチャンあるかもしれないと思った。顔だけは可愛かったし。
雲の上の存在の人と近づくことは容易ではない。公的な場所で出会うにはどうしたらいいか考えた。どうやら小説で大賞を獲ると大きなパーティでお祝いをして、そこに真中さんも出席することもあるらしい。
私は死ぬ気で頑張った。人生で初めて努力をしたかもしれない。誰もが認めるような感動的な作品になるように練りに練った。
そして見事にその年大賞を獲ることが出来た。お祝いのパーティには真中さんも出席するらしい。ここしかチャンスはないと思った。私は出来るだけ大人っぽく見えるようにドレスやメイクを仕上げた。
そして、パーティが始まり、目の前に真中さんがいる。この日の為に努力したのに本人を目の前にすると緊張して動けない。イメージトレーニングは完璧にしたのに!やっぱり誰とも付き合ったこともない処女の私がいきなりエリートイケメンと付き合うとするなんて無理があったんだ。身の程知らずだったんだ。
「迫田玲さん。真中拓人と申します。今回は大賞受賞おめでとうございます。私も読ませて頂きました。素晴らしい作品でしたね。」
うおおおおおおおおおおおお!!向こうから話しかけてきた!想定外すぎる!!しかも本読まれてたなんて…恥ずかしすぎて……
「お忙しい中読んで頂きありがとうございます…。恐縮です…。」
あぁ……終わった。イケてる女として見てもらえるようにドレスもメイクも頑張ったのに、喋ったら陰キャ全開の喪女バレした。
「高校生からデビューされて、今回最年少で大賞を受賞されてるなんて素晴らしい才能ですね。高校生の頃のイメージが強かったですが、今は立派なレディになられて…。」
「そうですか?じゃあ今夜相手にして下さる?」
言った!言っちゃった!!い、い、今しかないと思ったからぶっ込んでしまった!!精一杯気取った顔して目を合わせているけど、ブルブル震えてるのバレてるかな?バレてたらくそダサい……。
「今夜、ブルーライトホテルの1180号室で待ってるよ。」
そう耳元で囁かれた。
「それでは今後の活躍も楽しみにしています。」
「はい…。」
そう言って真中さんは去って行った。マジか。夢か。これは。絶対ワンナイトだけど、相手にしてくれるなんて…。その後も挨拶はたくさんされたけれど、上の空だった。頭が真っ白で何も考えられなかった。パーティが終わり、指定されたホテルの場所へと行く。
「才能溢れた美人作家の迫田玲さんに口説かれるなんて、光栄だなぁ。君みたいな美人で可愛い子にモテる為に毎日仕事してるもんだし。」
「何言ってるんですか。私のようなどこにでもいる一般人が、イケメンエリートの真中拓人さんに相手して頂けるなんて光栄ですよ。」
そう言うと、真中さんは私にキスをした。大人のキス。初めてした。心臓が飛び出る程、高鳴っている。嬉しい。大好きな人と初めてキスが出来てこんなに幸せなことってない。
「キスだけでそんなにトロトロになっちゃって可愛い。」
「真中さんのキスが上手いから…。」
「拓人って呼んで。」
「拓人さん…。」
「玲…。」
そして私はベッドに押し倒された。緊張する。体震えるな!でも目の前の真中さんがかっこよすぎて、もう何も考えられなかった。
首筋を舐められて、服を脱がされる。愛撫されて初めてされる快感が良すぎて感じすぎてしまっていて恥ずかしかった。凄く下品に見えてしまっていないだろうか。ビッチな女に見られてるんだろうか。まぁ一晩で抱かれようとしているんだから、今更そんなこと気にしたらダメか…。
「ねぇ……。もしかして初めて?」
「!?」
やばい!バレた!!なんで!?
「………久しぶりなだけで初めてではないです…。」
「反応が処女ぽいからさ。」
「そうなんですね…。」
「本当は処女なんでしょ?」
「………はい。」
百戦錬磨の彼を騙せる訳がなかった。
「初めては大事にした方がいいよ?今日はやめとこう?」
「嫌です!私はここに真中さんに抱かれる為に来たんですから!」
「うーん。遊びで処女喪失させるのはちょっと…。」
「いいじゃないですか!たくさん女の子と遊んできたのでしょう?今日は処女と遊んでくださいよ!処女だけどもう二十四歳ですから!ここで失っても全然大丈夫です!」
「いや…でも…。」
「もういいです!抱いてくれないなら私が抱きますから!!」
私は真中さんを押し倒して…。そのまま襲った。
ムードもくそもなく、私がただ襲った形で私の処女は喪失した。終わった後、私は恥ずかしすぎて布団にくるまって寝た。
「アハハハハハ!!」
そんな私を見て真中さんは大笑いした。死にたい。恥ずかしい。
「はー。こんなに大笑いしたの久しぶりだよ。」
恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!!
「ねぇ。俺と付き合ってみない?」
そう言われて、思わずガバッと布団から出てくる。
「本当ですか?是非よろしくお願いします!!」
「フフフ。よろしくね。玲。」
そのまま、真中さんの隣で眠りについた。幸せすぎた。たまには珍獣と付き合ってみたくなったのかもしれない。なんにしてもラッキーすぎる。デートとかするのだろうか。ちゃんと真中さんが抱いてくれる日がくるだろうか。出来るだけ長く付き合ってくれるように飽きられない努力しなくちゃ!
その後、私達は何度もデートしたし、真中さんは何度も抱いてくれた。半年後、別れの時は急に来た。
「そろそろ遊んでばかりいないで結婚しろと言われた。婚約者と結婚しなければいけない…。」
「そっか…。それなら仕方ないね…。今までありがとうございました。拓人さんと過ごした半年間とても幸せでした。」
「待ってくれ。別れるのは嫌だ。」
「さすがに愛人にはなれないよ…。」
「玲は俺と別れても平気なのか!?」
「やめてよ。そんな人を責めるようなことしないで。既婚者と浮気するような人間にはなりたくないんです。拓人さんだって私より会社や世間体が大事だから婚約者と結婚するんでしょ?」
「………。」
「さようなら。私、拓人さんと付き合って恋をして幸せでした。拓人さんの幸せを願っています。」
そう言って私は去った。着信やLINEがたくさん来ていたけれど、全部無視して、着信拒否してブロックした。思い出さないようにする為にスマホも変えて電話番号も変えて引越しもした。
ニュースで真中さんは婚約者と結婚した事が流れていた。私なんて真中さんにとってはただの遊びで付き合っていただけだったんだろうけれど、私は本気で好きだった。大好きだった。
ニュースを見て初めて大泣きした。嗚咽混じりに鼻水もだらだらで、体の水分が全部無くなるまで泣いた。頭が痛くなった。しばらく寝込んで何もしたくなかった。担当が心配して家まで来て看病してくれた。
「半年間も遊んで貰えて良かったじゃないですか!先生!!早く忘れて仕事して下さいよ!!」
担当の南梨央さんは私を高校生から面倒見てくれている人だ。
「そんなにすぐに忘れられるわけないじゃないですか…。」
「新しい恋はさすがに難しいですから、現実逃避をしましょう。」
「どうやって?」
「仕事して!小説書いてる間は男のことなんて考える余裕ないですよ〜。」
「そんな気力ないですよ…。」
ほぼ廃人のような私の世話を南さんはしてくれていた。食べ物を買ってきてくれたり、部屋の掃除をしてくれたりした。元気が出るように本や、漫画をたくさん持ってきてくれた。南さんに支えられながらなんとか仕事をして生きてきた。ほぼ引きこもりで一年間程生活していた。そして私は運命の出会いをする。
「今流行ってるゲーム持ってきたからやってみたら?」
そう言われて渡された乙女ゲーム。ときめきダイアリー。私はこのゲームにどハマりして沼に入った。後輩キャラのヒナくんが可愛くてかっこよくて最高すぎた。私はヒナくん推しになり、グッズを集め、推し活を堪能する立派なヲタクになった。私がヲタ活を楽しんで三年、二十八歳になった時に、急に拓人さんの奥さんが訪ねて来た。
「こんにちは。真中美奈子と申します。お話があるので、部屋に上げてくれませんか?」