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【同じ空の下で生きている】

死ねなかった者たち

作者: 小雨川蛙

 

「報告を」


 女将軍の言葉に兵士は俯きながら戦局を伝える。

 つまり、絶望的な戦力差。

 確実な破滅……即ち自分達だけでなく祖国さえも蹂躙される未来。


「持って数日ってところか」

「はい。兵たちも我先にと逃げ出そうとしている者もいます」

「当然だな。同じ立場なら私もそうするだろう」


 将軍はため息をつく。

 兵士はそんな彼女に寄り添う。


 兵士は幼い頃から国一番と誉れ高い彼女に焦がれていた。

 故に兵士となったのだ。

 彼女に仕えるために。

 彼女の守り続けていた国を守るために。


「将軍。私はあなたに仕えることが出来たのを誇りに思います」

「まるで最期の言葉だな」

「直にそうなります」


 将軍は力無く項垂れると指で机の上を何度か叩いていた。

 長い付き合いである兵士はそれが何らかの策がある時の合図であることを良く知っていた。

 ――同時に悩むだけの理由があるほどに大きな犠牲が伴う策であることも。


「何か策があるのですか?」

「あぁ。あるにはある」

「一体どのような策ですか」

「……外道の策だ。構わないか?」


 色を失った将軍の目に兵士は頷く。

 直後、将軍は剣を抜いた。



 兵士の首が刎ねられ血を噴き出しながら倒れた。

 ――それを見て兵士は困惑する。

 自分が自分の死を『見つめている』ことに呆然とする。


「うまくいったか」

「将軍? これは?」

「何が起きたか分からなかっただろう?」


 兵士は頷いた。

 まさに何が起きたか分からなかった。

 理解した時には全てが終わっていたのだ。


 つまり、誰よりも信頼する将軍に突如殺されたという現実が。


「死を理解する間もなく一瞬で死んだ時。人はどうなると思う?」

「いったい何を……」


 そう言いながら兵士は答えに辿り着く。

 将軍の問いの答えが自分なのだ。

 死んだはずなのに生きている――死を認識する間もなかったから。


「死なぬ兵ほど強いものはない」


 顔を伏せながら将軍は兵士の遺体をそっと抱きかかえた。

 兵士は悟る。

 将軍が何をしようとしているかを。


「全ての兵士を殺すつもりですか」

「あぁ。一人より二人、二人より三人……数は多い方が良い」

「――コツは?」

「恐怖や違和感を覚えさせぬことだ。私が実演したように一瞬の疑問さえ抱かせてはならぬ」

「かしこまりました」


 兵士は一礼をする。

 確かにこれは外道の策だ。


「しかし、将軍。何故この方法をご存知だったのですか?」

「あぁ。簡単な話だ」


 そう言うと将軍はそっとブーツを脱いで見せた。


「……なるほど」

「納得したか?」

「ええ」


 ブーツの下には足がなかった。


「慰めになるか分からんが中々悪くないぞ。皺も増えないし」

「――将軍からそんな女性らしい言葉を聞くことになるなんて思いませんでした」

「失礼な。私だって女だぞ」


 乾いた笑い声が響く。

 これから大きなことをするのに何とも間抜けな光景だ。


「すまないな。お前にもこのようなことをさせて」

「いいえ。どこまでもお供いたします」


 歩き出した将軍の背を兵士は追う。

 夜の闇を歩く二人の足音は誰にも聞こえることはなかった。

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