第3話:臆病者のいま(モドー)
朝日が射しこむ部屋で、俺は冷静になり、再度周囲を見回した。
「・・・ぁん?」
壁の猫の肖像画が変わっていた。
さっきまでのリアルな油彩画──俺が描いた“ヨル”の肖像。
それがいつのまにか落書きに変わっていた。
それも、黒いクレヨンのようなもので描かれた10歳前後の子どものラクガキのような猫の絵。
「なんで、こんな……」
しかし、くりくりの目、鍵のように曲がった尻尾だけはなぜかしっかり描かれている。
「……は?」
声が漏れた。
一体、どういうことなんだ…? 記憶が混濁しているのか…?
でもさっきは確かに、それにアレは俺が描いた。。。
「…いや、、、このラクガキにも見覚えがある…。」
コレは、俺が10歳くらいの時に描いたヨルの絵だ。
「何だってこんな前の絵が…。」
その時、頬を触っていた指になにかヌルっとした感覚があった。
俺は”何か”がついた手を顔の前に持ってきて、よく観察した。
「・・・絵の具、か?」
一見、肌色の絵の具のように見えた。
「確か死ぬ前に絵は描いてなかったと思うが…。」
そのとき、階下から女性の怒鳴り声がした。
「ほら! 早くしないと開花の儀に遅れるわよ!」
・・・うるさ。
コッチは生き返った(?)ばかりで頭も混乱してんだよ。
母さんも少しは静かにしてほしいものだ…。
「―――。」
「―――。」
「―――。」
…何で、
いま、俺は母さんと思ったんだろう。
母さんは俺が死ぬ30年も前に亡くなってるのに。
…頭がまだ混乱しているのかもしれない。
久しく聞いた女性の声が、自分の母親の声に都合よく変換されて聞こえただけかもしれない。
この部屋が、そうさせたのかもしれない。俺が子供の頃に育った部屋にソックリだ。
それか、これが走馬灯ってやつなのかもしれない。
確かに、すべてが懐かしい。いつも思っていた。子供の頃に戻りたいって。
「こんなにも優しいのか。死というものは。。。」
「早く起きなさい! ほんとに遅れるわよ!!」
ーーーバンッ!
と目の前のドアが勢いよく女性の手によって開けられ、
自分が感慨にふけっていた自分は情けない声をあげた。
「ひゃ!? ごめんなさいっ!!!」
ーーーーーーーーーー
机を囲み、女性が言う。
「早く食べちゃいなさいね。」
「う、うん。」
もぐもぐ、パンを齧る。
状況が理解できない。
俺は目の前に出された小麦のパンとヤギのミルクを飲みながら、思考を巡らせていた。
走馬灯にしては…、長いよな。。走馬灯じゃなくて、死ぬ前に見てる明晰夢みたいなもんか…?
「・・・もぐ」
確かに、夢ならいろいろ納得がいく。
と言うか、それ以外考えられない。
おそらく、現実の俺はもう死にかけで
昏睡状態になっているんだろう。
「…そうか、夢か。これは。」
「? おいしい?」
さっきまで怒っていた母が優しく聞いてくる。
「・・・うん、おいしいよ。」
俺は伏せながら答えた。
あぁ…。
声を聞くたび、思わず泣きそうになる。
俺に父親はいない。
母はずっと女手一つで俺を育ててくれた。
大人になってから、普通に生活することのすごさ、母がどれだけ苦労していたかを身を持って痛感させられていた。
「・・・ごくごく」
・・・そう言えば、
さっき母さんが開花の儀って言ってたな。。。
という事は、いまの俺は12歳か。
「もぐもぐ」
12歳になると、この村では自分の中に眠っているスキルを“開花”させる事ができる儀式がある。
「モドはどんなスキルをもらえるのかしらね。わかったらお母さんに教えてね」
「う、うん。わかったら…ね。」
どんなスキルを授かるかは誰にもわからない。
だから、自分のスキルに気づかないで生涯を終える人も少なくないし、授かったスキルとは別の分野で力を発揮する人も多い。
「ほらほら! 食べ終わったならはやく行きなさい。」
「・・・うん。行ってくるね。」
俺はすでに知っている。
俺がこの日、どんなスキルを得たのか。
生涯、何の役にも立たない
絵描きという、くだらないスキルを手に入れることを。
第4話につづく