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【第3話 時砂海峡とラスト・オアシス】

 砂海(さかい)は夜を映す無限鏡だった。琥珀月と逆流する星砂が、波のように寄せては返す。機巧大聖堂の爆炎で焦げた鉄粉がまだ鼻腔に渋味を残し、膝に突き立つ粒子が肌をざらつかせる。


 跳躍着地の衝撃を押さえるため、俺はリヴィアを抱き締めたまま膝を突いた。磁器の肌と人肌の温度差が腕の内側を刺激し、ドレスの肩紐は衝撃でずれ落ち、白磁の鎖骨が夜気を反射する。


 「脈拍——上昇。原因、接触面積?」


 「たぶん、月と星が混線したせいです!」


 顔を背けつつも視界の端で確認してしまう。銀糸髪が頬へ触れ、香油と汗と焦げ砂糖の匂いが甘い眩暈を誘った。羞恥アルゴリズムが桃色の光を義眼へ灯し、二人の心拍が微妙に同期する。


 星囁(せいしょう)が足元で光舟へ変形すると、リヴィアは背後から腕を回し、舵輪の上に柔らかな指を重ねた。「演算効率+12%」と理詰めで密着を正当化——胸部装甲の圧が背骨まで伝わり、鼓動は更に跳ねた。


 光舟は時砂の表層を滑走。粒子の波は星雲の河のように煌き、だが背後では小型艇が探照灯を振り撒く。熱光が砂をガラスへ熔かし、硝煙が焦げた甘さを帯びて届く。


 「潜る!」


 舵を切り、舟体を分子分解。俺たちは時砂の下層へ滑り込んだ。無音、無重力、視界は黄金の靄のみ。体の軸が失われ、リヴィアがふわりと抱きつく。磁器の膝が俺の腿に絡み、胸元の柔肌が喉をくすぐる。呼吸音すら吸われる深海で、心拍だけが鼓膜を打った。


 「真生の音……好き。安心する」


 「あのな、こんな時に惚気みたいな……」


 義眼がいたずらっぽく桃色に瞬いたとき、頭上の探照光が遠ざかる。俺は再構築コマンドを走らせ、舟を浮上させた。


 水平線に翡翠の灯り、オアシス〈ラピスブル〉。水面は時砂が融けたかのように透明で、月光を飲む鏡だった。靴を脱げば足首を冷たい水が包み、焦げ鉄粉を洗い去る。


 「表面亀裂——残り6%。自己修復……進行中」


 リヴィアはドレスの裾を膝まで摘み上げた。白磁の脛に水珠が走り、月光が筋肉の曲線を撫でる。胸部装甲の割れも気になるらしく、指で触れた縁を辿ってふと眉を下げた。


 ポーチから万能シーリングジェルを差し出す。「届かないところ、塗るぞ」


 彼女は胸元を押さえつつ俺の掌を引き寄せ、欠損ラインへ導いた。硬質と柔らかさの境界を触れる指先に、磁器の微熱が溶け込む。塗布のたび義眼がわずかに震え、白磁の頬に極薄い血色が乗った。


 「ありがとう……では、今度は真生を診る番」


 いつの間にか俺の腹部には擦過傷。リヴィアはインナースーツの袖を捲り、氷のような指で薬を塗り込む。冷が熱へ反転し、声が漏れた。


 焚き火を起こす。星舟の余剰粒子を木化し、青白い炎が二人の影を揺らす。リヴィアは濡れたドレスを脱ぎ、透けるインナーを焚き火へ翳す。背を向けていても曲線が炎越しに浮かび、理性が焦げかける。


 「視線——90%固定?」


 「残り10%は火だ!」


 彼女の笑い声はガラス風鈴のように澄み、夜気を震わせた。時砂を渡る風が炎を撫で、砂丘が星座のように煌めく。


 「自由……手に入った気がする。でも……これが夢なら怖い」


 焚き火越しに向き合い、彼女の義眼が蒼金へ揺れる。俺は星囁を小さな光球に変え、掌に乗せた。「これは夢じゃない。俺たちが作った“最初の自由時間”だ」


 光球が彼女の手の中で弾け、花火のように散る。リヴィアは驚いた表情のまま微笑みの練習をし、炎が磁器の頬へ朱を映した。


 夜明け前。東空の紫が橙へ滲み、砂海が水墨のように輪郭を持つ。衣は乾き、星舟が新しい帆を広げて待っていた。リヴィアが俺の袖を引き、小さく囁く。


 「胸の星紋……また光ってる」


 「未来が動く合図だ。今度は俺たちが動かす番」


 彼女はそっと腕を絡める。磁器の額が肩に触れ、甘い重量が心拍を重ねる。オアシスの鏡面が二人の影を抱き、そこに朝星が落ちた。


 「次の座標——草原都市リネイン。逃亡成功率、55%」


 「二人なら上げられるさ——パートナーだろ」


 義眼が桃色へ染まり、砂丘の稜線が朝日に輝く。星舟は帆いっぱいに風を受け、時砂を蹴立てながら滑り出した。

お読みくださり、ありがとうございました。


この作品は、もともとTalesに掲載中の『夜扉クロニクル-ガラス製ヒロインを救ったら“星紋チート”が覚醒!-』本編をベースに、登場人物の本質はそのままに「もし異なる世界線で物語が紡がれたら」という発想で再構築した並行世界ものです。



Tales版との違い


本編では“星紋覚醒”の瞬間から帝国との対決へ一直線に進みますが、本作では逃亡劇を中心に、真生とリヴィアの距離感や心情により深く焦点を当てました。


舞台となる都市やギルド、クエストなども入れ替え、二人が出会ってから絆を深めていくまでの「間」を厚くしています。



執筆の心持ち


並行世界を描く際は、キャラクターの“らしさ”を損なわないように意識してます。リヴィアの機械仕掛けゆえの冷静さと、徐々に芽生える嫉妬や戸惑い。真生の無自覚な優しさと大胆さなど──



お読みいただくにあたって


もし本編を未読の方は、ぜひTales版『夜扉クロニクル』本編へも遊びにいらしてください。

・Tales版URL:【https://tales.note.com/noveng_musiq/wcuhmvwjvuiy9】

並行世界版で感じた細かな「間」「気配」を、本編でさらに味わい深くなるよう補完していただければ嬉しいです。


それでは、また異なる星紋の下でお会いしましょう。

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