6.英志、それは餌食
0.
木々から漏れる日の光がまぶしい。
蝉の声、鳥の歌が間近に聞こえる伊勢神宮。
鳥居の先の正宮に手を伸ばしてみる。
そこには、顔もわからない巫女の少女がいた。
1.
目が覚めると、照はものすごい汗をかいていた。エアコンが効いた部屋の空気はそれなりに冷えていたはずなのに、身体だけは熱かった。時間を見るとまだ5時半。仕方なく、先にシャワーを浴びるために一階に降りることにした。
どこか遠く、手の届きそうにない感じで、輪郭がはっきりとしないぼんやりとした夢。起きた時の汗の原因がそれだというのはわかっていた。たまに夢を見ていて内容は覚えている方な照だったが、ここまで記憶に残らない夢というのは初めてで、その夢について考え込んでいた。
出続けているシャワーをふと思い出し、このまま考え込んでも埒があかないとも思い、一度出ることにした。
服を着てリビングに向かうと、そこにある時計は6時過ぎを指していた。叔父の隆之は、確か朝早くから出かけると言っていた。普段は朝食は隆之が用意しているため、今日は自分で用意しなければならない。普段あまり朝食を作らないからか、少し面倒に思っていった。
気軽にコーンフレークとヨーグルトで済ませようと準備していた時、リビングの窓から、誰かが家の前で立ち止まった姿が見えた。
少し様子が気になり、外へ出てみる。すると、家の塀の前にはユキがいた。
「おはようございます、照さん」
「ユキ。まだ集合時間じゃないだろ?」
「はい。ですが、早めに迎えておきたくて」
「そっか。僕はまだ朝食すら食べていないし、夏は朝でも暑いからさ、家の中で涼んでよ」
「そ、それなら、お言葉に甘えて」
家の中に入ると、食卓に照とユキが向かい合う形で座っていた。ユキは、神祇財団の制服であるスーツを着ていた。普段の学校の制服とは違い、白いシャツと黒いパンツが大人びた雰囲気と凛々しさを醸し出していた。ただ、服のサイズが少し小さかったのか、彼女の控えめな胸部と腰回りの曲線がやけに強調され、食事より息をのむことの方が多かった。
「そ、そういえばなんだが、普段の任務とかってどんな様子なんだ?」
「そうですね、基本的には平穏ですよ。悪魔が出てないときは基本ゆったりとしていて、出ても対して強くない悪魔の方が多いですね。強い悪魔は滅多に出ないですし、出てもその時には基本複数の班が合同で任務にあたりますから」
「そうだっのか。なんかこう、もっと普段から殺伐としているのかと思ってたよ」
食事を続けながら会話を重ねる。その会話の横で点いていたテレビから、少し気になるニュースが照の耳に割って入ってきた。
『...昨日10時頃、女優の二ノ井 遥佳さんが行方不明になったことを所属事務所が明かしました。2月上旬の西岡プロダクション所属俳優 朝宮 龍一郎から始まり、芸能人の失踪事件はこれで26件目となりました。これに対し、警視庁は...』
「最近、こういった事件多いな」
「この事件の裏に何かか隠されているんでしょうかね」
「そうかもしれないな。あ、もう時間か。行こう、ユキ」
そうして照たちは、第四部隊 第五班の拠点へ向かうことにした。
2.
ユキが乗ってきていたバイクの後ろに乗り、道を進んでいく。基本的に班ごとにも小さな拠点が用意されているのだが、どうやら山の中にあるらしい。
「着きましたよ」
そこは、ダムの近くに建てられたログハウスだった。周囲にはダム以外何もなく、ただ県道が一本通っているだけの場所だった。
「ようこそ、お二人さん」
ドアから出てきたのは、一人のスーツを着た男性だった。
「このまま立ち話ってのもあれだから、まあ入ってくれ」
「「失礼します」」
中に入ると、意外にも軍隊の宿舎のような殺風景な場所でなく、天井が高く広々とした家そのものだった。
「班長!新入りくん来たッスか?」
「あぁ、今いるみんなを呼んでくれ。紹介するから」
そう言うと、徐々に人が集まってきた。そして、最後の一人らしき人が来ると、スーツの男の人は口を開いた。
「紹介しよう。まず、俺が班長の 逢坂 燎煋従五位下等だ。そして、こいつは...」
「どうもッス!ウチは丸 実春ッス!よろしく頼むッスよ!」
ポニーテールに赤みがかった目をした、ユキより少し背が高めの女の人だった。この元気さは、どこかある幼馴染を彷彿とさせていた。
次に話し始めたのは、穏やかで朗らかな雰囲気のロングの女の人とガタイがよく、鋭い目つきをした大きめの男の人だった。
「わたくしは椛島 蒼です。救護を担当しております」
「国広 雄鉄だ。よろしく」
「あと、今巡回中の副班長 小麦と結人の計6人で活動している。さて、こちらの自己紹介も済んだことだし、次は君たちの番だ」
「あっ、はい。僕は、倉橋 照です」
「私は、二条 ユキです。よろしくお願いします」
「じゃあ早速だけど、少し手伝ってもらうよ」
燎煋と雄鉄に連れられて、照はログハウス横の森に連れてこられていた。
「あの...ここで何を...」
「それはね、照くん...」
一体、どのような厳しいことをするのか。燎煋の真剣な面持ちに、照は身構えていた。
「狩猟だよ、照くん!」
「え?」
「狩りだよ狩り。イノシシとかシカを狩りに行くのさ」※舞台となっている場所は自然公園であり、自然公園での動植物の無許可採取は法律で禁じられています。絶対に行わないようにしましょう。
「い、いいんですか?ここ普通の山と違って国指定の自然公園じゃ...」
「いいんだよ。普段から人は来ないから。それに、狩猟免許はちゃんと持っているしさ」※自然公園での動植物の採取は法律で禁じられています。絶対に行わないようにしましょう。
そう言い、燎煋を先頭として引っ張られるように山の中へと進んでいった。道中では、イノシシやシカ、山菜などを採ることができた。
気づけば、太陽がすでに真上に昇っていた。
「さて、ここら辺で一旦戻るとするか」
そうして、ログハウスの方へと戻っていくと、どうやら料理を作っていたらしい。
「班長!どこ行ってたんですか!男一人で淋しかったんすから」
「班長、また狩りに行ってたんですって?いい加減にしてくださいよね」
どこか弱々しいかんじの男の人とまさに典型的なツンデレっ娘という感じの女の人がいた。
「紹介がまだだったな。こいつは副班長の 八鍬 小麦。そしてこの女々しいのが 粟津 結人」
「フンッ。あなたも新入りなのね。精々生き残りなさい」
「ま、素直じゃないやつだが、仲良くしてやってくれ」
自身の言われように納得がいかないからなのか、小麦と結人が燎煋に飛びついて文句を言っているようだった。そこに、蒼が声をかけてきた。
「班長さんたち、猟から帰ってきて砂や獣の血でまみれているようですし、男性の皆さんでお風呂へ入ってきてはいかがですか?あらかじめお湯は張ってありますので」
「気が利くな、蒼。それじゃあ遠慮なくそうさせていただこう」
浴場は中々広く、湯船も4人では十分すぎるほどだった。
「いやぁ、散々動き回った後の風呂はいいな。てか結人、お前は別に入らなくてもよかったんじゃないか?」
「また男一人にするつもりですか!?ただでさえ、新しく入った女子もいるっていうのに...」
そういうと、結人は体を小さくさせ、口元を湯船へと沈ませていった。
照にとって、このような光景はすこし不思議だった。幼いころにハルと二人きりで入ったことは多々あるのだが、こうして大人数で一緒に入るというのはまたとない経験だった。
「そういえば、お前と一緒に来たお嬢さん、もしかして彼女か」
「えっ」
「おい!それほんとなのかよ!!!おい、どうなんだよ!!!!!」
湯船の反対側でさっきまで沈んでいたはずの結人が、いきなり飛び上がり、急接近して照のかたを揺らしてきた。この手の問題は、結人の死活問題なのだろうか。
「い、いえ。幼いころからよく遊んでいた幼馴染で、今でも仲がいいんです」
「おいぃぃぃぃ!!!幼馴染って、幼馴染ってなんだよぉぉぉ!!!」
どうやら、結人の中の何かに触れたらしく、頭がとれるかと思うくらいに照の肩を揺らしていた。
「ははっ。その辺にしてやれよ、結人。まあ、その幼馴染、大切にしろよ」
その後も、色々と会話を重ねていった。その時も、たくさん暴れていた結人がのぼせてしまい、上がることになった。
3.
「それじゃあ、新たに入ってきた二人に...」
「「「「「「乾杯!!!!!!」」」」」」
風呂から上がると、女子組がすでに大半の料理を仕上げていて、そこに男子も加わり、全員で仕上げをしていた。
「それにしても、ユキさんは料理が本当にお上手ですね」
「い、いえ。蒼さんこそ、ピザの生地を一から作られていてとても驚きました」
「ほんとにすごいっスよ、お二人とも。こむぎんも見習った方がいいっスよ」
「こ、こむぎんって呼ぶな!!それに、見習った方がいいってなによ!」
どうやら、ユキはすでに女子の輪の中に溶け込んでいるようで、とても楽しそうにしていた。
「俺も今夜は存分に楽しむか!」
そう言って燎煋は、冷蔵庫から山ほど缶ビールを抱えて持ってきた。
「ちょっと班長、どんだけ飲む気?あたしにも分けなさい」
「わたくしにも」
「ウチにも!」
「うぅ~、ぼくにもください~」
「お前はすでに酔ってるんか?結人」
みんながみんな飲んで食べて騒いで。この一つ屋根の下で、大人数で盛り上がるこの経験に、照は感じたことのない嬉しさのような感情を抱いていた。
そうしてみんなが酔いつぶれ、盛り上がりも落ち着いてきたころ、照は外のデッキに出ていた。
まださっきの熱が残っていて、どこか心地良さを覚えていた。
「照さん、ここにいたんですか」
「ユキ、どうしたんだ」
「さっきお風呂に入って出てきたとき、照さんが一人ここにいたのが気になりまして」
風呂に入ったという少女からは、確かに石鹸の柔らかな香りがして照の鼻をくすぐっていた。
「照さんは、今日一日どうでした」
「そうだね...すごく楽しかったよ。いい人たちっぽかったし」
「そう...でしたか」
ユキの横顔を見ると、どこか悲しそうな顔で遠くを見つめていた。まるで、そこに誰かがいるのかのように。
「そういえば、ユキはこの後どうするのか決まった?隊長のあの言いぶりからして、ユキはこの班に所属しているわけでもなさそうだし」
「そうですね、確かに任務は照さんに付いていくことだけですが、次の命令があるまではこの班でお手伝いをしようかと」
「そっか。まあ、ユキはここに馴染んでそうだったし、今日も楽しそうだったしね」
「えっ!?わっ、私、そんなはしゃいでいましたか?なんというか、少しお恥ずかしいと言いますか...」
どうやら、ユキもここを気に入っているようすに、照は少し安堵していた。
「二人きりのところ済まない。少し二人に話がある」
急に後ろから話しかけられ振り向くと、そこには雄鉄がいた。
「国広さん、どうかしましたか?」
「まず、ここは気に入ったか」
「は、はい。それはとても」
「そうか。それは何よりだ。それで倉橋、二条、お前らは部隊に就くのは初めてか?」
「僕は初めてです...」
「私は過去に違う班にいました」
「そうか。ならば、二条は分かっていると思うが、この戦闘部隊というのは、非常に過酷だ。それは肉体的なものもあるが、特に精神的に非常につらい」
「精神的に...ですか?」
「あぁ。何せ、新しく入ってくるものを除き、今生きている財団の戦闘員は全員仲間の喪失を経験しているからだ。それは二条も、班長も。そして俺もだ。そして、初めて仲間の喪失を経験した者は、大半が辞めていく」
仲間の喪失。つまり仲間の死。それを戦闘部隊で生き延びているうちは必ず経験するをいうこと。今の話を耳にした瞬間、あの伊勢神宮での襲撃が一気にフラッシュバックした。いきなりのことで立ちくらみがしたが、何とかユキが支えてくれていた。
「その様子だと、すでに何かを経験しているようだな。だが、この道を歩み続ける限り何度も経験するだろう。だから、お前には無理をしないでほしい」
「.........そうか、もう覚悟は決めてあるのか。なら、さっきのは余計なおせっかいだったな」
そう言うと、雄鉄は優しくほほえんでいた。その目は、力強くもやさしく、頼りがいのある目をしていた。
「宴の後に苦しい話をしてしまってすまなかったな。今日はもう寝ると言い。二人の部屋を用意してある」
そう言い、照たちに背を向け、リビングの方へと戻っていく。
「俺は君たちのような仲間を迎えられて、嬉しく思うよ」
4.
「な、なんでこうなった...」
夜も遅くいい加減寝ようと、雄鉄に教えられていた寝室へと向かったのだが、雄鉄に教えられた二人の部屋というのは、どうやら二人で一つの部屋ということだったらしい。
「ベッド一つしかないし...僕が床で寝るから、ユキはベッド使ってよ」
「い、いえ!そんなことできません!私が床で寝ますから!」
「だ、ダメだ!ユキがベッドを使うべきだよ!僕は床でも平気だから」
「だめですよ!照さんは狩りに行って体を酷使したはずです。だから照さんが使うべきですよ」
こうしたやり取りが30分ほど続いた挙句、結局は二人でベッドを使うことになった。
「ユキは、もう経験したのか?」
「国広さんのことですか?」
「あぁ」
「…...はい。何度か」
「そっか。......つらかったな」
「......はい。ですから...」
「照さんは、私より先にいなくなっちゃだめですよ」