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4.雲壌、垣間見る人情

0.


 組織に入る前からすでに使いになっていた少年は、誰もが特別視していた。

 性格も良ければ成績も良し。物静かな人かと思えば、彼女らしき人を引き連れている。まさに特別だった。

 そしてその少年は、私が副隊長を務める部隊に来た。

 そんな彼は、隊長から期待を寄せられていた。

 みんなの噂による彼は、非などない、神のような天才。

 だが違った。

 彼はまだ未熟で、”人間らしい”人だった。


1.


「倉橋神官、君には育成部隊のもとで色々と勉強をしてもらう」

 支部長と呼ばれていた女性、(あおい) 叶理(かなり)にそう言われ、予想外の言葉に少し驚いた。

「えっ、戦闘部隊に組み込まれるって話は…」

「確かにそう言ったな。しかし君、力だけで知識も何もないじゃない」

「た、確かに」

「ま、必要な知識の量はそこまで多くなく、ある程度の運動的な技量があれば割と早めに実戦に組み込まれるだろう。欲しいものを前にして焦る気持ちもわかるが、そのために必要な知識は得てこい」

「わかりました」


 そのやり取りがあってから約一カ月。

 照は通っている高校の地下にいた。ここは、照が入った組織 神祇(じんぎ)財団が、学校と協力関係を結んで作った人材育成施設らしい。

「にしても大きいな。学校の地下にこんな空間があるとは学校のみんなは知らないんだろうな」

「そうですね。学校に通いながらの方も数人いらっしゃるようですが、機密情報なので一般の方知ることはないでしょうね」

「だな。てか、任務の方とかいいのか?ユキ」

「大丈夫ですよ。照さんが(しゅう)八位上等になるまで休養するよう言われていますし。それに、私が所属する第四部隊の隊長から、照さんを早く昇級させるための手伝いをするように言われたいますから」


 この神祇財団には、昔の官位制と呼ばれる階級が使われていた。

 上から、主位、ニ〜八位、初位まであり、四位〜八位に関しては、それぞれの位の中で、正 と (しゅう) に、初位は 大 と 少 に分けられ、さらに 上等 と 下等 に分けられるという複雑な仕組みがあった。


「つまり、今は大初位上等だから、あとニつ上がればいいのか」

「その通りですね」

「あのさ、何で従八位上等を目指さなければいけないんだ?部隊に配属されるようになるのは分かったが」

「そうですね。まず、従八位下等以上は、資料の閲覧権限が与えられます」

「え、施設の図書室とかにあった資料は?」

「あれは基本的に、一般の方にも公開されているようなものです。図書室の資料とは違い、事件簿や研究資料といったものが見れて、階級が上がるにつれて見れるものも増えるそうです」

「じゃあ、あの伊勢神宮の事件も」

「おそらく。存在は確認できたのですが、私は権限が足りませんでした」

「あれ、ユキの階級って…」

「言ってませんでしたっけ?私は従七位上等です」

「僕よりも六つも上なのか…」

「そう落ち込まないで。まだ始まったばかりですから」

 そう言い、ユキは照の手を引いていった。


2.


「じゃあ、これから講習だから」

「頑張ってください」

 別れを告げ、第二運動室と書かれた部屋に入る。中には、中学生から社会人までの男女数人がいた。その中に1人、同じ高校生くらいの男子が、照に鋭い視線を向けていた。ガラス扉越しにユキとの会話を見られていたのか、顔からして妬まれているのが分かる。

 この講習に参加して間もない照は、誰とも話さないまま待っていると講師がやって来た。


「では、本日も始めよう。まず、”神器装(しんきそう)”について覚えているか」


 神器装とは、神さまから与えれる能力の一つ。寵眷の儀で”使い”になった者が、神さまと取り決めた合言葉を口にすることで、媒介として用いたものや身体に、その神さまにまつわる能力が付与される。また、基本的な身体能力や治癒能力の強化されるが、個人差がある。


「神器装の復習はこれでOKだ。次に、神器装を構成する要素は分かるか」


 神器装は、神さまの強さと自身の持つ”神素体(しんそたい)”の量と密度に左右される。

 神さまの強さは、どれほど信仰されているか、神さま自身の神素体の量と密度によって決まる。

 また、神素体とは全生物が持つ特殊な物質で、あまり詳しいことはわかっていない。ただ、物理法則に従わない可能性があると言われている。また、神素体の量は”神性”と言い、神性が高まるほど神に近づくという噂がある。


「十分な知識は蓄えているな。いよいよ、従八位下等神官への昇級試験を行う」

 このクラスもいよいよ、大きな節目を迎えることとなっていた。知識分野だけだった少初位を一週間足らずで終え、途中編入して一カ月ほど過ごしたこの大初位のクラスも、もう終わりに近づいていた。

「試験の内容だが、『寵眷の儀』と『神器装の実技』を行なってもらう。『寵眷の儀』に関しては神さま認められるかによる。また、『神器装の実技』も『寵眷の儀』が終わっていないと使えない。しかし、神器装を扱うための身体的な能力は大幅に伸びているはずだ。神さまを受け入れる(うつわ)は完成した。あとは祈るだけだ」

「遂にか…」

 誰かがそう言葉を漏らした。ここにいる誰もが、それぞれの事情を抱えながら、悪魔に対抗しうる力を手に入れるためだけにここまでやって来ただろう。皆、真剣な面持ちをしていた。

「それでは、試験の詳細について説明するが…」

 突然、扉の開く音が先生の話を遮る。そこにいたのは、組織に入った日に照を攫ったヒゲの生えた男の人だった。

「倉橋 照はいるか?」

「ご、獄本(ごくもと)第四部隊長!ほほ、本日はどうしてこちらに…」

「さっき言った通り、倉橋 照を連れてくんだよ。支部長命令だ」

「さ、左様でございま…」

「んじゃ、連れていくから。それと、倉橋 照は本日をもってカリキュラムを終了すると、支部長からお達しだ。後処理は頼んだぞ、先生」

 そう言い、照の首根っこを掴んで教室を出た。扉についたガラス越しに教室を振り返って見ると、全員が全員、照を憐れむような目をしていた。


3.


照が連れてこられたのは、すぐ隣の運動室だった。先ほどの部屋と構造は変わらないものの、獄本に女性の付き人、それに照しかいなかった。

「あの…獄本隊長…でしたっけ、僕を連れて来た理由って」

「あー、説明めんどい。もみじ、頼んだわ」

「は、はい!」

 そう呼ばれ、後ろにいた女性の付き人が出てきた。


「はじめまして。私は三品(みつしな) もみじ。階級は正六位上等で、第四部隊の副隊長を務めています。そしてこちらが獄本(ごくもと) (そう)従五位下等神官。第四部隊隊長です。今回あなたは、第四部隊に配属されることになったため、代わりに昇級試験を請け負うことになりました」

「第四部隊になったんですか?」

「はい。本来、従八位下等への昇級が認められた際には配属希望を聞かれるのですが、今回は支部長からのご命令により決まりました。昇級試験につきましては、すでに使いにはなられているようなので、神器装の実技のみを行います」

「寵眷の儀はいいんですか?」

「行なってもいいですが、同時に2柱の神さまの使いになったと言う前例は聞いた事がありませんし、まず肉体が耐えられないでしょうね。まずは、今契りを結んでいる神さまの能力を扱えるようになるのが先決かと思いますよ」

 照は、自分の体が大事に至らずに済んでホッとしていた。もしあのまま寵眷の儀を受けて、また大怪我でもしたらたまったもんじゃない。そう思っていた。

「とりあえず、神器装の実技についてですが、育成部隊にいた際は、神器装を使う機会はなかったでしょう。なのでまずは、神器装の使い方を理解するところから始めましょう。2〜4週間ほどかけて学びましょう」

「おいちょっと待て。こいつにそんな時間かけなきゃいけないんか?」

「い、いえ。ただ、倉橋神官は戦闘経験が2回しかなく、元々いたカリキュラムの人たちと大差ないと判断されたので、寵眷の儀を除いたカリキュラムになっているのかと…」

「面倒だ。お前、武器持ってかかってこい」

「「えっ?」」

「もみじ、そのガキの援護してやれ。お前ら、2対1だ」

 そう言われた途端、獄本が肌で感じ取れそうなほどの殺気を出していた。これにもみじも照も、臨戦態勢をとっていた。動かなければ、死ぬ。無意識にそう思った。

「これでお前は一回死んだ」

 一つ瞬きをした隙に、すでに獄本の持っていた刀は照の首元にあった。

「なっ…」

「俺に少しでも傷をつければ合格、計5回死にかけたら終わりだ。残り4回」

『土壁』

 獄本と照を別つように、間に土の壁が現れた。

「倉橋神官!戦えっ!」

 力強く張り上げた声が、ようやく照の体を動かした。悪魔を初めて倒した時とは比べ物にならないほどの恐怖。これが、照の理性的な判断を狂わせていく。

 無意識に、照は獄本の方へと向かってゆく。

「倉橋さん!!」


「考えなしに突っ込むのは愚策すぎる。残り3回だ」

 またしても、照の首元に刃が届く。

『土壁っ!』

 気づけば縄が照の体に巻きつけられ、獄本と距離を置かれるように引っ張られると同時に、照ともみじを囲むように土の壁ができていた。

ーーーバチン。

 頬に重い一撃をもみじから受けた。今まで暗く狭まっていた視界も、明るさを取り戻してきた。

「落ち着いてください!あまりにも焦り過ぎです。簡潔に言うので聞いてください。もうすぐこの壁は破壊されるでしょう。そのあとは、とにかく攻撃に集中してください。私が守ります」

「いつまでイチャイチャしてんだ?」

 一瞬にして、土の壁が崩れていく。ただ、そこから出てきた照の目の色が変わっていることに、獄本は気づいた。

「さっきよりかはまともに動けそうだな」

 獄本の動きが少し見えるようになってきた。しかし、その少しでは照の刀はまだ届かない。

 『弓矢』

 獄本の攻撃を邪魔するように矢が放たれていく。そこに生じた隙を狙うも全て弾かれる。

 ここが狙い目。そう思って、獄本に飛び込んだ途端、目の前に居たはずの獄本はパッと消え、真横には矢が迫り来る。その矢を防ぐと、気づけば背後から刀を突きつけられていた。


「これで3回目だ。早くしろ」

 刻一刻と迫るタイムリミットに気持ちが逸る照だが、先ほどとは異なり、頬の痛みが、自身の冷静さを繋ぎ止めていた。

 一度離れ、体勢を立て直す。無闇に正面から突っ込んでもやられるし、かと言って逃げてばかりでは逆に狩られる。ただ、もみじ先輩の援護がある。やはり、そこに生じた隙を狙い続けるしかない。

  一回。また一回。見えた隙に喰ってかかる。しかし、獄本自身の隙へのリカバリーが早く、まだ追いつかない。

 ここで、もみじが動き出す。獄本の右足の下から土の壁が現れ、獄本は咄嗟に避けようとする。それを待っていたかのように、もみじは間髪入れずに矢をどんどん放っていく。宙に浮いた状態の獄本は、その矢を受け流すしかない。

 照はこの好機を見逃さなかった。すぐに土の壁の裏にまわり、獄本の背後をとる。確実に、この状況における最善手をとり、仕留めきれる。


 気づけば、照は天井を見上げていた。

「今のは良かったな。だが甘い」

 照は、確実に背後をとっていた。しかし、照が斬りつけようとした途端、獄本は、剣を左手に持ち替えて右手を床に付け、身体を床に寄せ、矢を避けていた。そして、右手を軸に身体を回転させることで、獄本の足を照の足に掛け、照を転ばせていた。

「なんでその力使おうとしないのか知らんが、それだと救える命も救えねえ」

 獄本が姿勢を低くし、抜刀の構えをする。向いているさきには、もみじがいた。

「あいつがお前の救えなかった命第一号だ。そこで悔いてろ」

 そう言い放つと、獄本は真っ先にもみじの元に向かった。

 また自分のせいで誰かが死んでしまう。そう、脳が理解した瞬間、照は囁いていた。


「僕が助けるんだよ、『アマテラス』」


 気づけば、すでに照は獄本の元に走り出していた。

 獄本がもみじに斬りかかろうとした瞬間、照は2人の間に割って入り、獄本の一太刀を捌ききった。

 そして、すぐさま獄本に反撃しようと試みる。


 が、そこで意識が途切れた。


4.


 照が獄本の刀を弾き、反撃を仕掛けたその後、照は獄本の持っていた麻酔針で気絶させられていた。

「手間のかかるガキだな…」

 数十分の間続いた緊迫感の中で、もみじはすっかり疲弊し、その場に座り込んでいた。

「隊長…倉橋神官は…どうなったんですか」

「まあ、試験の目的も達成したし、麻酔針で眠らせただけだ」

 照を床に降ろした獄本は、タバコに火をつけながら話を始めた。

「コイツが頑なに力使わねえからな、ここまでしたら使うだろって思ったんよ。力出せれば充分だと思ってたら、俺の刀弾いて傷までつけやがって」

 獄本の方をよく見ると、確かに頬に刀を掠めた跡があった。


「要領が良くて天才なガキだと聞いてたはずが、コイツはたなにかを拗らせたただの面倒くせえガキじゃねえか。ま、思ったより人間らしくて良いじゃねえか」

「人間らしい、ですか?」

「あぁ、色んな奴らはコイツを神だなんだともてはやしてたらしいが、時には焦って失敗すれば、時にはめげずに上位の者に果敢に挑もうとする。精神の未熟さも高みを目指す意地もあって、ちゃんと人間らしい性格してんじゃん。何が神だってんだ」

 バカバカしいと言わんばかりのしかめっ面をしながら、獄本はドアの方へと向かっていた。

「それに、お前も人間っぽいとこ、ちゃんとあったんだな」


「お前らの強みはその人間らしいところだ。期待してんぞ、お前ら」


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