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3.追憶、そこにあった怯臆

0.


 父と母は、いつも笑顔だった。

 2人とも仕事が多く、家にいる時間も少なかった。だが、休日は必ず3人で過ごしていた。

 父は海が好きだった。港町に住む僕らは、家から潮の香りがした。父は、その香りが好きだと言っていた。

 母は神社が好きだった。近くには伊勢神宮があり、毎月のように電車でお参りに行っていた。母は、何があっても、神さまが僕たちを見守ってくれていると教えてくれた。

 しかし、父と母は伊勢神宮で悪魔の黒炎に焼かれた。

 潮風が炎を消すことはなく、神さまが父と母を助けてくれることもなかった。


1.


 目を開けると、見覚えのある天井が広がっている。木材の、味のある天井。体を起こすと、見覚えのある巫女姿の女性がいた。

「お体の調子はいかがでしょうか」

「い、いや、まあ、平気ですけど」

「では、少々お待ちください」

 既視感のあるやり取りを交わした後、今回は前とは違う男の人が出てきた。黒のスーツを着て無精髭を生やした、役人のような男の人だった。

「お前が倉橋 照か?」

「はい、そうですが…」

「よし、お前を連行する」

「は?」

「連れてけ」

 その男の背後にいた大人に捕えられ、一瞬にして照は車へと乗せられた。


「あの…ここは何処なんです?」

「…….」

「もうすぐ着くから黙っとけ、ガキ」

 そう言われつつ、連れてこられた建物の中を進んでいく。車内で目隠しをされていたため、具体的な位置はわからないが、何処かの会社のように思える。行き交う人の中には、照を連れてきた男の人と同じような全身黒スーツの人や白衣を着た人、身軽な運動着を着た人が多くいた。


 そうして、1つの部屋に辿り着いた。

「支部長、連れてきました」

「入れ」

 そこには、黒スーツの長身女性とユキがいた。

「君が倉橋 照か?」

「はい…」

「そうか、座ってくれ」

 どこか重たい空気が流れる中、ソファに腰をかける。


「先日起きた襲撃について、話は二条神官から聞いている。人々を守るために力を使ってくれたこと、感謝する」

「い、いえ、それは…」

「それとは別に、君には話してもらう。その力はどこで手に入れた」

 瞬く間に照へと接近し、突然現れた鎌を首元にかけた。

「なっ!?どうして…」

「答えろ。場合によってはここで始末する」

「…特にこれと言って知っていることはないんです。ただ、父の形見の刀を持って、名前を呼んだら使えただけなんです」

「ほう、では、やってみろ」

 そう言われ、ユキが持っていた刀を渡された。紛れもない、父の形見だった。

「…わかりました」

 そうして、照は呼びかける。


『アマテラス』


 先日のように、刀身は輝き、身体は優しく熱い温もりを纏っていた。

「お前っ!?なぜその名を!」

 先ほどとは打って変わり、ユキ以外の全員が照に武器を向けていた。殺伐とした空気もより険悪になり、肌が切り裂けそうなほどに。そして、支部長と呼ばれていた女性からは、強い殺意と焦りが滲み出て、照も本能的に命の危機を感じていた。

「待って下さい、支部長!」

 突如として、ユキが声を上げた。

「まだ決めつけるには早いかと」

「…あぁ、すまない。取り乱してしまった。全員、武装を解除してくれ」

 その一声で、先ほどまでの張り詰めた空気は、一瞬にして消え去った。

「申し訳ないな、倉橋くん。ところで、君のそれも解除してくれないか?」

「えーっと、やり方とかわからなくて…」

「「「「…は?」」」」

 その場の全員に驚かれた。


2.


「改めて、申し訳なかった。最近、敵の動きが活発になり、こちらの警戒も高めていてね。特に味方でもない”使い”が突如現れたとなると、余計にね。ただまあ、あの様子じゃ、ただ偶然にも力を授かっただけなのかもな」

味方だと思われたのか、それとも、強者の弱者に見せしめる綽々(しゃくしゃく)たる態度なのか。いずれにしろ、先ほどまでの重い空気は穏やかなものとなっていた。


「あの、”使い”ってなんですか?」

「あぁ、使いというのは神の使い、神に見初められ神の力を賜った者のことだ。君のようにな」

「つまり、僕は今まで、神の力を使っていた、と言うことですか?」

「あぁ、そうだ」

 神を憎む照が、神の力に助けられていたと言う事実を前に、衝撃を隠せなかった。見放されたと思っていた神に。

「それより、君、”使い”になる条件は知っているか?」

「いえ…」

「”使い”になる条件というのは、神さまが祀られて場所で、剣や錫杖(しゃくじょう)と言った道具を、神さまと”使い”を繋ぐ媒介として用意し、『寵眷(ちょうけん)の儀』と呼ばれる儀式を行なって、神さまに認められることなんだ」

「儀式…ですか」

「そうだ。ただ、『アマテラス』さまはかつて、魔神 リリスという悪魔を伊勢神宮で封印していたのだが、10年ほど前に、魔神 リリスと共に突如姿を消してしまったんだ」

「そこに僕が『アマテラス』と共に現れたということですね」

「そうだな。その『アマテラス』さまは、『アマテラス』リリスから放出される残滓を抑えて悪魔の発生をも抑えている。そんな大きな力を持つが、今までに”使い”は2人しかいなかったんだ」

「その力を、あなたたちは欲しがっていると」

「確かにそれもそうだ。しかしそれよりも、君がどうやってその力を授かったか。きっかけの方を知りたいんだ。何か、伊勢神宮で『アマテラス』さまと関わることがありそうな出来事は思い出すことはできないか?」

「…ひとつだけ、思い当たることがあります」


3.


 2016年 7月某日


 この日は、いつも楽しみにしていた週末、家族で過ごす時間。両親共に揃う時間もなかなか取れなかったため、この時間は何よりも大切だった。

 電車に乗って伊勢神宮の内宮へ向かい、参拝し、寄り道をしながら家に帰る。これが、毎週末のルーティンだった。そしてその日も、電車に乗って向かっていた。


 いつものように、朝早くに内宮へと着く。五十鈴(いすず)川に架かる宇治橋を渡り、手を清め、木々の間の参道を進む。その先には、見慣れた御正宮があった。

 そして、毎度のことながらニ拝ニ拍手一拝。お祈りを済ますと、二人はまだお祈りしていた。その時の横顔は、二人とも穏やかで優しい顔をしていたのをよく覚えている。二人のお祈りが終わると、優しく抱きしめてくれたことは、何より嬉しかった。


「ねえ、ママ。ママはなんでお祈りが好きなの?」

「それはね、神さまがいつも見守ってくださってるからよ。そして、感謝を伝えるの。そしたら、いつかピンチが来た時に、その神さまが助けてくれるかもしれないからね」

「神さまが助けてくれるの?」

「そうだぞ、照。パパもママも、神さまに助けてもらったことがあるんだ。だから、神さまに祈り続ければきっと、照も助けてもらえるさ」

 その言葉の真偽は、すぐに判らされることとなった。


 事が起こったのは、御正宮を離れてすぐのことだった。

 参道を引き換えしていくうちに、背後から徐々に嫌な気配が漂ってくるのを感じていた。

「ねえパパ、ママ。なんか後ろから変なの感じる…」

「後ろ?何か…」

 その時、黒い炎に突如囲まれ、御正宮の方を見ると、黒く禍々しい、人型の異形が立ち尽くしていた。

「逃げろ!照!ここはパパとママが抑えるから!百合、状況は?」

「たぶん発生源は正宮よ!この気配的にはたぶんリリス。それに釣られてやって来ているわね。ここで止めなきゃ街に被害が及ぶ。ただ…正直二人だけで止めるのもやっとだと思うわ」

「やはりな…。照!今すぐ逃げろ!お前だけでも!」

 その言葉を聞いても、逃げ出すことは出来なかった。目の前にいる異形に、今まで感じたことのないほどの恐怖を覚え、その恐怖が足を縛り付けていた。

 その異形が、命を刈り取りに真っ先に向かって来る。

 直後、思い切り吹き飛ばされた。

 辛うじて目を開けると、両親に守られていた。二人とも横腹を持っていかれ、絶えず血が流れている。それでも立っていた。普段と違う、神聖なオーラを纏った二人の背を眺めたまま、そこで記憶は途絶えた。


4.


「教えてくれてありがとう。確かその日、『アマテラス』さまとリリスは失踪した。それに、当時の君のご両親の記録も残っていた気がする。どうも、君もその件と深く関わっているようだな」

「やっぱり、あなたたちは何か知っているんですか?」

「あぁ。君の話を聞いた上で思い出したことなんだが、君の両親も我々の組織にいて、その事件の際に、君も一緒に保護されていた」

「あなたが僕を保護したんですか?」

「いや、あくまで資料にあっただけで、実際には他の隊員が保護したんだ」


 目の前の女性が手でジェスチャーをすると、後ろの男の人がタブレット端末を差し出した。そして、照にそのタブレット端末を差し出すと、そこには事件の報告書らしきものが載っていた。

「この事件では、我々の組織だけで数百人にも及ぶ方が殉職され、君のご両親もそのうちの一人だったようだ。また、君のご両親が発見された場所は、事件の発生源に近く、二人が生き残るにはほぼ不可能なほどの敵の数と強さだった事が推測されている」

 まだ父と母は生きている。そう続けている信じていたわけではないが、ここで完全に裏打ちされた事実を知り、また古傷が開いた。そんな感覚がしていた。


「ただ唯一、君はその場で生き残った。それに加え、そこには激しい戦闘の跡が残り、悪魔はすでに倒されたようだった」

「何者かが介入したって事ですか?」

「それもわからない。ただ、そこに『アマテラス』さまが関わっている可能性も大いにあるだろう」

 照は分かっていた。それは、照自身がその事件に取り憑かれていることを、過去にいつまでも囚われている地縛霊であることをだ。だから何より、その事件の詳細を突き止め、真実を全て知りたかった。そして、照が持つ独りでな恨みを持ち続けるのをやめたかった。

「君はその事件のことを知りたがっているんじゃないか?もしそうなら、君の神さまに聞いてみればいい」

「えっ?」

「『アマテラス』さまに謁見しなかったのか?普通は一回以上はするはずなんだが。まあなんにせよ、事件のことを調べるなら、我々の組織に入らないか?」

「ちょっと待ってください、支部長!」

 突然聞こえてきたのは、ユキの声だった。

「まさか、戦闘部隊に組みこむ気ですか?もしそうなら、それ以外の部署でも…」

「黙れ。まあ確かに、戦闘部隊として入れるつもりだ。あの事件の報告書を開示し、捜査のための技術提供の対価として。ただし、それを決めるのは倉橋 照、君だ」

「もし拒んだとしたら、どうなりますか」

「何も殺しはしない。ここでのやり取りの記憶を消して、元ある日常に送り返すだけだ」

 戦闘部隊となれば、またあの神さまの誓うかもしれない。それは、自分自身の力で何かを守りたいという思いに反する。ただ、照の中で、心はもう決まっていた。


「僕に力を貸してください」


「いいだろう。本日より、倉橋 照を 少初位下等神官 に命ずる。ぜひ、我が組織のために力を奮ってくれ」


「はい」

 そう言い、昨日までの日常に別れを告げた。


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