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2.再襲、そして一蹴

0.


 小さい頃から一緒にいた彼は、いつも悲しげな表情をしていた。

 子供らしくはしゃぐことも、楽しげな表情を浮かべることもほとんど無かった。

 ただ、私たちの前では柔らかな笑みを浮かべていた。

 “あの日”の事件に巻き込まれた彼の平穏を、私は守り抜きたい。


1.


 目を開けると、見慣れない天井が広がっている。それは、病院のような無機質な白ではなく、木材の味のある天井だった。体を起こすと、部屋には無人のベッドが幾つか。そして、巫女姿の女性が一人。

「お体の調子はいかがですか?」

「たぶん…大丈夫かと…それよりここは…」

「ここは伊勢神宮境内の療養舎です。詳しくは、この後お医者様をお呼びいたしますのでその際ご説明いたします」

「あ、はい…」

 そう言うと、巫女姿の女性は去っていった。

 すると間もなく、白衣を着た男性が姿を現した。


「倉橋 照くんであっているかい?」

「は、はい…」

「よし。まず、状況について説明しよう。君たちは、参宮線にて悪魔による襲撃を受けたんだ。そんな中、君は” どなたか”の力を使って悪魔を倒したようだ。そして、ここに運ばれたんだ」


 自分の手で悪魔を倒すことができたのは、あの時自分の身ではっきりと感じていた。そのため、あの戦いで負った傷の治療だと言うのは納得がいく。ただ、照には他の疑問が多く残っていた。


「戦ったところまでは覚えているので、ここにいる理由もなんとなく察しがつきます。それより、一緒にいたみんなは…」

「あぁ、君と二条 ユキ神官以外はこれといった大怪我は無かった」

「ユキは!ユキは…大丈夫なんですか…!」

「そ、そう焦らず。一番重症だったのは君で、二条神官ももう退舎しているさ。なんせ、君、10日も寝ていたんだから」

「と、10日も…」

「それに、君の体はかなりボロボロになっていたんだ。背中側の骨と右腕は損傷が酷かったんだ。特に右腕は、妙に”力”が働いていた痕跡があってね、未だ形を維持しているのが不思議なくらいだよ」


 確かに、あの戦いは明らかに人智を越えていて、あの悪魔から受けた攻撃は、非常に凄まじいものだった。今の照の、後遺症もない全回復した状態は、あの攻撃で負った傷の大きさから考えて、現代の医療技術では辻褄は合わない。


「あの、さっきから気になっているのですが…その、神官とか力とかって一体…」

「えっ、君っ…いや、なんでもないさ。忘れてくれ。それと、君、多分歩けるくらいにはなっているし、今日退舎で大丈夫だから。それじゃ」

「えっ、ちょ…」


 そうして、大した情報も得られずにここを後にした。


2.


 建物を出ると、確かにそこは見慣れた伊勢神宮だった。小さい頃はよく訪れた場所。そして、『あの日』の出来事もここで…

「照さん!」

 聞き馴染んだ声が聞こえる。幼馴染の一人。ユキの声だった。

「ご無事でしたか?」

「あぁ、大丈夫だったよ」

「良かった…」

 いつも落ち着ている彼女は、目元を腫らしていた。

「さあ、帰りましょう」

 そう言い、照の手を引いて駅へ向かった。


 車内には、夏の夕日が差し込んでいた。そして電車は、すでに修復された事故現場を過ぎ、山の中を進んでいく。

「そういえば、ユキに一つ聞きたいことがあるんだ」

「なんでしょう?」

「その、病院の…療養舎の人が言ってた、力とか神官とかってなんのことだ?」

「なっ、なんのことなんでしょう…私にもあまり…」

「…口外はできない感じか?」

「…はい。すみません。ただ、決して、照さんを(おとし)めたりしたいわけではないので、そこだけは…」

「大丈夫。わかっているよ。あまり詮索しないでおくよ」

「…はい、助かります」

 やはり、あの事故には何かがあると言うことだけはわかった。

 照の心には、また自分は守られていると言う悔しさを抱いていたが、ユキの方を見ると、それはまた彼女も同じであるように思えた。


「ただいま」

「か、帰ってきたか!良かった、無事だったかい?」

 奥から酷く慌てた様子で叔父さんが出てきた。

「あ、うん。大丈夫だったよ」

「そうか。詳しい状況も聞かされていなかったから安心したよ」

「えっ、聞かされていない?」

「あぁ、そうなんだ。ユキちゃんからは、照が事故に遭って、その事故の調査の関係で面会はできないって言われてね」


 保護者が面会さえできないこの状況に、照は違和感を感じていた。あの日の事故に、やはり何かがあると言うことだけ、照の中で確信として残った。

「とにかく、今日はもう疲れただろう。夕食にしようか」

 結局、謎だけが残ったまま夜を明かすこととなった。


3.


 駅へと向かう道は、すでに昇り出している夏の日が差していた。あの事故の影響は、港の鴎の鳴き声にかき消されたかのように、もうすでに感じられなかった。

「てーーるーーー!!良かった、生きてた!!!」

「あまり暴れないでください。電車が来ますよ」

 駅に着いて早々、凛々亜が照に飛びついた。そして、後からついてくるようにユキも姿を見せた。

「あ、暴れてないよ!久々に会えてつい…ね?」

「ね?じゃない。いいから離れろ」

「えーっ」

 凛々亜があれこれ言っている横目でユキの方を見てみると、いつもと変わらない様子だった。

「そういえばユキ、ハルはどうしたんだ?」

「兄さまは…実は、数日前から見かけていないんです」

「数日前から…?」

「はい。それも置き手紙の一つもなしに…」


4.


 あの事故が起きてから拭えない不気味さを奥に仕舞いながら、照たちは教室へと向かった。

 照たちの通う学校は、1学年7クラスの進学校で、照とユキは同じクラス、ハルと凛々亜はそれぞれ別のクラスだった。

 教室に入ると、まだ早い時間だからか、数人しかいなかった。10日ぶりに姿を見せた照は、少し驚かれていた様子だった。

 一方で、ユキは先に職員室へと向かっていた。普段から早退や休みが多かったユキは、先生に呼び出されることが多かった。きっと、今回もそう言うことなんだろ。

 机の中には、休んでいた間のプリント類が多く溜まっていた。よく見ると、授業で配られるプリントや知らせの手紙、それに、謎の茶封筒。この封筒が学校からのものであるならば、封筒の表面に学校名の記載があるはずだが、今回はそれがない。恐る恐る開けてみると、1枚の紙に『放課後、伊勢神宮 療養舎にくるように』とだけ書いてあった。

(これであの事故の真相がわかるかもしれない)

 自分の求めていたものが手に入る可能性に高鳴る胸を押さえつつ、ホームルームを迎えた。


 授業も特に変わりなく、先生の話を聞きノートに記していく。

 しかし、この変わりない学校生活はここまでだった。


ーーードゴンッ。


 突如、廊下側の壁が崩壊し、埃が舞い上がる。そして、そこに漂い始めた黒いモヤに、照はあの日の恐怖と怒りを思い出した。

 そこにいたのは、紛れもなく悪魔だった。

 先生と生徒たちが、外のベランダから隣の教室に逃げている最中、照はただ立ち尽くしていた。再び現れた因縁の相手を前に、気がついたら頬の内側を噛み切り、口に鉄の味が広がっていた。

 「おい!倉橋!避けーーー」

 先生なのか。叫ぶ声が聞こえた瞬間、身は外に投げ出され、コンクリートに強く打ち付けられた。打ちどころが悪かったのか、うまく呼吸ができない。

 奇しくも、あの事故の日と同じ構図。ただ、あの日とは違うと言う確信があった。


『アマテラス!』


 少年の叫びは虚しく、”その者”が応えてくれることはなかった。

 先日のはただの奇跡で、今度こそここで終わってしまうのか。複数体の足音が、ゆっくりと照に近づいてくるのが聞こえる。まるで、慈悲でもかけられているのかのように。


(終わりか…)


「照さん!!」

 呼びかけられるのと同時に、1本の刀が突き刺さる。それは、照の父親の形見の刀だった。

「それに呼びかけてください!あの”名”を!!」

 その刀は、どこか懐かしく、暖かく、”名”が呼ばれるのを待つかのように穏やかに光っている。

 そして再び、少年が”名”を口にする。


『アマテラス』


 その瞬間、刀は太陽のように輝き、照の身体は徐々に癒えていく。

 その刀に本能的に危険を感じた悪魔たちが、一斉に照へと襲いかかる。ただ、刀を()げば、浄化されるかのように敵はことごとく霧散していった。

 そして、仕留め損ねた1体を追いかける。感覚が研ぎ澄まされ、焦点はその1体を捉える。照の放った一太刀が、敵を綺麗にふたつに(わか)つ。ものの数分で、照は襲いかかってきた悪魔全てを倒した。


「また、自分の力で…」

 最初に受けた傷が効いているのか、照はもう立つことさえままならなかった。

「照さんっ!!!」

 聞き馴染んだ、一人の少女の声がする。

「どうした、ユキ。怪我してるじゃないか」

「私はいいんです。それより、こんな無茶をして…」

「ユキが無事ならいいんだ。それで…」

 やがて、静かに眠るように、照は力尽きた。

 ユキの腕の中に抱えられた照の表情は、穏やかで優しい笑みを浮かべていた。


「私はまた守られてしまった。でも今は、とても嬉しく思います」


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