復活祭間近のプリンセスに贈られた、赤い卵のめでたい芸術品
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」を使用させて頂きました。
我が英国王室の次代を担われるプリンセスことイザベル・ウィンザー王女殿下も、いよいよ公務に本格的に携わるお年頃。
今回の第二王女の御生誕を祝する晩餐会では他のロイヤルファミリーの皆様方と同様、海外から御越しの来賓の方々との御歓談という形で大英帝国の外交政策に貢献されたのです。
「まあ…これは実に賑やかな…」
王城であるバッキンガム宮殿に世界各国の要人の方々が来賓としていらっしゃる御様子は、年若いプリンセスには物珍しく感じられた御様子ですね。
目を輝かせるプリンセスに静かに一礼する人影が現れたのは、正しくそんな時で御座いました。
「イザベル・ウィンザー王女殿下と御見受け致しましたぞ。改めて自己紹介をさせて頂きまするが、妾は中華王朝第一王女の愛新覚羅翠蘭と申す者でおじゃる。御見知りおきを頂ければ恐悦至極で御座る。」
この優雅で洗練された一礼に、イザベル殿下も自然と背筋が伸びるのでした。
ユーラシア大陸に広大な国土を有する中華王朝は、立憲君主制を採用している大英帝国の友好国として広く知られていますが、それと同時に歴史と伝統を重視する東洋の大国としての側面も強いのです。
何しろ中華王朝は、直接の前身国家である大清帝国から伝説的な古代の王朝である夏王朝に至るまでの中華に存在した歴代王朝の文化と歴史の正統後継者を自負しているのですから。
そしてそれは、この愛新覚羅翠蘭第一王女殿下も例外では御座いません。
仕立ての良い緑色の満州服は彼女を始めとする愛新覚羅氏が女真族と呼ばれていた時代からの伝統的な民族衣装であり、それは翠蘭殿下が自身の民族の歴史と文化を愛している何よりの証なのでした。
西暦以前から脈々と続く中華の王朝史を至って当然のように背負われる翠蘭殿下の堂々たる姿勢に、流石のプリンセスも驚嘆の末に圧倒されてしまったようですね。
「各国要人を招いての晩餐会であるが故に止むを得ぬ事じゃが、十代の参加者は妾を除けば貴公のみ。こうしておると己が若輩者である事を改めて実感させられるのう…」
しかしながら照れ臭そうに頭を掻かれるその御姿は、随分と人間臭くて尚且つ気さくに感じられるのでした。
「ときにイザベル殿下、如何で御座ろう?もしも貴公の側に差し支えがなければ、この晩餐会の間の妾の話し相手となっては頂けぬか?貴公も妾も年齢的に大差は御座いますまい。それに御互い将来的には一国の天子として民達の安寧を司る身の上、今時分より親睦を育みたいと存じた次第に御座るよ。」
「本当で御座いますか、翠蘭第一王女殿下!」
大人達に囲まれていたプリンセスにとって、これは正しく渡りに船で御座います。
一も二もなく、愛新覚羅翠蘭第一王女殿下の申し出を受け入れたのでした。
プリンセスより数歳年上の愛新覚羅翠蘭第一王女殿下は、とっても物知りで賢い人でした。
その為にプリンセスにとっては、年の近いお姉さんのように感じられたのです。
「貴公を見ておると、北京の紫禁城に残してきた妹を思い出すのう…第二王女の白蘭は絵画や詩歌といった芸術に詳しゅうてのう。妾にも母上にも似ず、不思議な物じゃよ。」
「まあ、殿下の妹君が…つい先日、私にも妹が出来ましたのよ。翠蘭殿下も私も、お姉さん仲間ですのね!」
まだ直接御会いしていないのにも関わらず、プリンセスは白蘭第二王女殿下に御礼を言いたくなりました。
だって白蘭殿下がいらっしゃったからこそ、こうして翠蘭殿下とますます仲良くなれたのですからね。
「うむ、それは実に重畳。誠にめでたい話じゃ。折しも宮殿内の随所に卵の装飾が施されておるからのう。我が中華において、卵は生命と子孫繁栄の象徴じゃ。」
「ああ…復活祭のイースターエッグで御座いますのね。我が国を始めとするキリスト教圏でも卵は子孫繁栄の象徴ですが、殻を破って生命が誕生する事からキリストの復活にも擬えられているのですよ。」
プリンセスの何気ない一言をお聞きになるや否や、翠蘭殿下の御顔に小さな微笑が閃いたのでした。
「ほう、それは親近感を抱かずにはいられまいな。我が中華にも清明節という春の祭事があるが、この時には殻を赤く染めた茹で卵を縁起物として用いるのじゃ。これは紅蛋と申して、子供が産まれた時にも家族や親戚等の親しい人々に御祝いとして配るのじゃ。」
「我が国で行われている復活祭のイースターエッグみたいですね。今では色とりどりのイースターエッグですが、元々は赤一色に染め上げられておりましたの。」
晩餐会も酣のこの頃になりますと、プリンセスも翠蘭殿下もスッカリ打ち解けられ、まるで昔からのお友達のような親密な間柄となっておりましたよ。
しかしながら、出会いがあれば別れもあるのが世の定め。
公務の日程を終えられた翠蘭殿下は、本国へ帰国しなければなりません。
「今生の別れという訳でもないのじゃから、そう寂しそうな御顔をなされるでない。貴公を慕う文武百官の臣下達に、余計な心配をかけてしまうからの。」
「存じております、翠蘭殿下。私も殿下も、将来的には一国の君主となる身の上。君主たる者は、臣下や国民が安心して過ごせるよう常日頃から務めねばなりませんからね。」
そうして翠蘭殿下を見送られるプリンセスの笑顔は、前よりも随分と大人びた物になっていたのですよ。
とはいえプリンセスとしては、翠蘭殿下の事が名残惜しくて仕方ありません。
間近に控えた復活祭にも、いまいち身が入らない御様子です。
そうして何処か上の空な御気持ちを過ごされていた春の日に、素晴らしいプレゼントが届いたのでした。
「姫様、中華王朝の愛新覚羅翠蘭第一王女殿下からの親書と御進物が届いて御座います。」
顔馴染みの侍女による報告は、プリンセスにとっては正しく望外の喜びだったのです。
「これは…卵?」
細心の注意を払いながら包みを開けた侍女は、何とも物珍しそうな顔をしていました。
それも無理はないでしょう。
四角形をした透明のケースの中には、赤漆の塗られた鶏卵が鎮座していたのですから。
しかしながら、それが非常に丁寧な細工の施された芸術品である事もまた事実でした。
「はっ、もしかして…親書に何か書いてはありませんか?」
「かしこまりました、姫様。ほう、成る程…姫様、どうやらこちらは、愛新覚羅白蘭第二王女殿下の御手製の品だそうで御座います。」
そこまで馴染みの侍女が言った時、プリンセスには愛新覚羅翠蘭第一王女殿下の思し召しの全てが理解出来たのでした。
あの赤い漆の塗られた鶏卵が中華の伝統工芸品として知られる卵絵の一種であり、それが清明節の紅蛋と復活祭のイースターエッグを模した物である事を。
そして愛新覚羅王家の姉妹が、こうして赤い卵絵を進物として贈られたのかを。
「赤い卵を贈るのは、子供の誕生を祝う為…翠蘭殿下と白蘭殿下は、清明節と復活祭を御祝いするだけではなく、妹の出来た私を御祝いするという意図も込めて、この赤い卵絵を下さったのですね…」
こうして中華王朝より届けられためでたい赤漆の卵絵は、このバッキンガム宮殿の一角に飾られる事になったのです。
我が英国王室と愛新覚羅王家の友好の証として扱われる事となったのも、それからすぐの事でしたよ。