藤と煙草の匂い
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「それでねー、叔母さんがね…友達と食べてって作ってくれたの!」
「へぇ…!美味そうやにゃあ…」
「(夢玖ちゃん…あれから学校生活に慣れたよね…思ったより馴染むの早い…)」
「はい。仁愛ちゃんも!」
「あ、ありがとう…ん〜!美味しい…!」
「でしょ?叔母さん特製のたこ焼きなの!昨日タコパしたの!」
─ある日の学校にて。
─私は、夢玖ちゃんと夜海ちゃんの笑顔を見つつ、ふと自分の過去を思い出していた。
─過去と言っても、つい最近─やっとあの地獄から解放されたばかりで、夢玖ちゃんと夜海ちゃんと一緒にいるようになってからは忘れていた。
─そう。私には、簡単に話せる事ではない過去があるのだ。
『藤ちゃーん…可愛いねぇ…ね、この後アフターいいよね?』
『やめ…っ……あん…っ』
『お金は出すからさぁ…ホテル行こうよ』
『やめ……』
─そう。私は中学生にも関わらず、水商売をしていた。母が残した借金通知により、父と姉は余儀なく早朝から深夜まで働かされていた。
─だが、その額は一千万円と言ったところで、その四割は浮気相手との交際費を占めているらしい。
─だから、私も家族を支えるために、自分に何が出来るかが分からず、県内で一番栄えてる冰山駅前を歩いていた時、ある男性から声を掛けられた。
『ねぇ君…可愛いねぇ…何歳?』
『十二歳…中学一年生…です…』
『えぇ?大人っぽいから大学生かと思った…そうだ。うちでバイトしてみない?』
『え……』
『ほらほら!とりあえず来て来て』
─何と、スカウトマンだったのだ。
─怪しい雰囲気を纏っていたが、私は押されるまま彼の後をついていった。
『ほら、ここ』
『ここって……キャバクラ…?』
『そう!お客さんとお話しするだけで稼げるよー!頑張り次第で一日二百万は稼げる!悪い話じゃないでしょ?』
『(……頑張れば一日二百万…これならお父さんやお姉ちゃんを支えられる…!)』
─家族を支える為には、これしかないと思ったのか、その日を境に私は─水商売の世界に飛び込んだ。
─中学生の体で、大人の世界に足を踏み入れる。
「い、いらっしゃいませ…本日はよろしくお願いします…!」
─笑顔は完璧だが、手は小刻みに震えていた。
─太客が近づいてきて、身体に触れる。
─「もっと近くに来て」と囁かれる。
『(お金のため…家族のため…耐えなきゃ…)』
─その日、私は心の中で決意した。
─この世界で生き抜くため、そして家族を守るため、笑顔を武器にすることを。
『名前をそのまま使うとまずいから……君には名前をプレゼントしよう』
『……新しい、名前?』
『ああ。君は今まで見てきたキャバ嬢より断然美しい……これなら決して太客が離れること間違いない……よし、君はここでは"藤"だ』
─それともう一つ。私に新しい名前が付けられた。
─藤。藤の花言葉で、藤の花言葉には「優しさ」「歓迎」「恋に酔う」「忠実な」「決して離れない」などがあるらしい。
─それと、色によっても異なり、紫色の藤には「君の愛に酔う」、白色の藤には「可憐」「懐かしい思い出」といった花言葉があるのだとか。
─こうして私には、学校や家庭では"松寺仁愛"として、水商売では"藤"としての人格が出来てしまった。
『いやぁ藤ちゃん…可愛いねぇ…いくつ?』
『十…八歳…です』
『ほう!若いねぇ…君には…オレンジジュースと、フルーツの盛り合わせだね』
『ふふっ。嬉しいです♡』
『一緒に話してて楽しいよ。また来るからね』
─藤として、キャバ嬢を演じている時は、小悪魔な性格にし、化粧で目付きも大人っぽくした。
─藤という名に沿い、ドレスの色は薄い紫と白。布面積は小さく、際どいところのギリギリを責めていた。
『十八歳で…こんなに出るとこ出てるんだねぇ…柔らかいなぁ…』
『あ…やめっ…』
『藤ちゃん…こういうの好き?』
『(胸を…っ?いや、これもお金のため…家族のため…)』
─中学生にも関わらず、私は常に売上一位を獲得していた。歳を偽ってるとはいえ、最年少だったこともあり、太客の人数も二十人ぐらいはいた。
─だが、太客の人数が増えるだけ、嫌な思いをすることが増えていた。
─小学高学年の頃から発育が良かった私は、太ももやお尻、胸をさりげなく触られるようになった。多分、成長期が来て胸やお尻が大きくなってきてるからだろうか。
『店長…その…セクハラ…されるんですけど…』
『だから?君も嬉しそうにしてたじゃん』
『あれはお金のため…家族のためで……』
『ふーん?ならさ、俺とホテル行こうか…色々溜まってるし、お金も多く出してあげるからさ…』
『い、いや…っ!』
─そして、店長に"女性としての初めて"を奪われてしまった。
─身も心もボロボロだったが、家族やお金のためなら耐えられた。
『彼は福吉君といってね…鬱病になってしまってな…気分転換にと連れてきたんだ』
『福吉さん……失礼ですが、お二人は独身なんですか?奥さんに悪くないですか…?』
『安心しなさい。私は独身で娘が二人いてな…彼は最近、彼女と別れたんだ。医者というだけで金目当てだったらしい…』
『………福吉さん。私で良ければ、何でも言って下さいね?』
─だがその中でも、運命を感じる時があった。
─冰山にある、総合南北北病院の院長をしてる煌星癒さんと、最近鬱病になり休職した目白福吉さんとの出会いだった。
─サラサラな銀髪、目の下のクマ、眼鏡越しに見える、輝きを感じないアンバーの瞳。
─この時はあまり話さなかったが、次第に福吉さんは個人で来てくれるようになった。
『藤…ちゃん……俺、君と話してると鬱病だってこと忘れられるよ』
『福吉さん…♡藤、いつも心配なんですよ?ちゃんとご飯食べてるのかなとか…』
『メロンパンは食ってるよ。そうだ。今度、飯に行かないか?』
『ご飯…?』
『あぁ。君が良ければの話だがな……君と出会って、俺は少しづつ変われた。そのお礼にな』
─福吉さんは、他の太客とは違い、体に触れようとはしないし、むしろ唯一私を"女の子"として見てくれた。
─だから安心して、プライベートても年齢や学校を偽り、彼と度々会っていた。
『そういえば、福吉さんって何歳なの?』
『俺は…二十五歳。ほぼアラサーだな』
『アラサーって…福吉さんすっごいかっこいいよ?♡』
『そうなのか…?なぁ藤……なんか俺…君のことが…』
─福吉さんと過ごす時間は、母の借金のことや水商売のことを忘れさせてくれた。
─だが、高校進学を機に、水商売と学校の並行生活は更に悪化したのだ。
『嘘…風俗に移行…?』
『うん。君ならもっと稼げるよ。こんなにいいカラダしてるんだから…ね?』
『いや…でも……』
『嫌なら、君の家に嫌がらせするよ?学校にも通報する』
『それだけは…分かりました』
─何と、私は風俗に移行された。
─理由は、キャバ嬢だけでは足りない金額で、先日店に何人もの警察が入って店自体営業停止になったからだ。
─中学から続く夜の世界が、更に過酷さを増した。
『それに…あの客とは縁を切れ』
『福吉さんのこと…?嫌!嫌っ!』
『黙って従えっ!』
─それから私は風俗で、日中は学校、放課後には男に奉仕をする日々を過ごしていた。
─相手が福吉さんならと思うのに、乱暴に身体を扱われたせいで、更に身も心もボロボロになった。
――――――――――
『松寺さん、今日も美人だよなぁ!』
『めちゃくちゃ可愛い…スタイル抜群だろ…』
『何年に一度の美女なんだ…?』
─当然、高校生になっても私は"藤"と"仁愛"の人格で日々を過ごしていた。
─学校では周りの男子からチヤホヤされるが、ちっとも嬉しくない。見た目で判断しているように見えているからだろうか。
─福吉さんに褒められたら嬉しいのに─。
『ねぇ…あんたのせいで彼氏に振られたんだけど!』
『うちも…告白したらあんたが好きって…本当にムカつく!ブスの癖にっ!』
『え…仁愛、何も…』
『はぁ?ちょっと可愛いからって調子に乗らないでよ!この男好きっ!』
『(全然…そんなんじゃないのに…)』
─それに、私は周りの女子から虐められるようにもなった。私がいることにより、多くの男子生徒─つまり彼女達の彼氏が、私に惚れるのだから。
『松寺さん…放課後……相談室で…はぁ…はぁ』
『いや…やめて…下さ…』
『へ〜?君が隠れて風俗してるの、バラしたら…学校は大騒ぎだろうねぇ?従わないと…分かるね?』
─担任や他の男性教師からも個別に呼び出され、セクハラを受けるようにもなった。
─それでさえ辛かったのに、更に追い討ちを掛ける出来事が起きた。
『ただい……って』
『仁愛…お父さんが……ぐすっ!』
─そう。父が自殺をしたのだ。
─母の借金返済に疲れて、おかしくなってしまったのだろう。
─働いても働いても、借金の額は更に増える一方なのだから。
『仁愛…すぐに終わるからね…ぐす』
『お姉ちゃん……?』
『お父さんが…唯一残した…形見を…』
『(……この施術……もしかして…)』
─姉は彫り師をしていた。
─父の葬儀が落ち着くと、姉は私の鎖骨に、無理やり鎖の模様を入れた。
─父は、鎖で首を吊って自殺した。掘られてる間、激しい痛みで目を瞑ったが、目を開けると、鎖骨の刺青が出来て、"藤"や"仁愛"のどちらでもなかった。
『お姉ちゃん…仁愛、独りになっちゃった』
─更には、姉も交通事故で亡くなった。
─だから、姉の形見として─ピアスも何個か開けた。
─その頃には、自分がどうなってもいいと思い、風俗に依存していた。
─だが、高校三年生のある日、一筋の光が私を差したのだ。その光は、まるで藤の花に日光を照らしてるようだった。
――――――――――
『初めまして。今日から新しく担任になった、煌星愛といいます。担当科目は英語。あと生徒指導も担当するので、皆よろしくね』
『おお!めちゃくちゃ美人!』
『可愛い…愛先生、彼氏いるの!』
『Now, about me. I don't have a boyfriend.』
─そう。
─新米教師で私の担任となった、煌星愛先生との出会いだった。
─生前の姉と重ねていて、私は彼女に見惚れていた。だがその時、校内で私の噂が広められてしまったのだ。
「仁愛ちゃん、生徒指導室に来なさい」
─突然、愛先生の呼び声が教室に響く。
「えっ…私、何かやらかしましたか…?」
─小声で呟く仁愛。心臓が早鐘を打ち始める。
─生徒指導室に入ると、愛先生は深刻そうに机に座っていた。
「仁愛ちゃん、最近遅刻や体調不良が増えてるわね」
─新米教師とは思えない、指揮官らしい観察力で、疲れや無理が一目で分かる。
「そ、そうですか…すみません…」
─私は言葉を濁す。バイトのことは絶対に隠さなければならない。
「実は、他の先生からも話があって…あなたが夜の時間帯にアルバイトしている疑いがある、とそれにね…少し…シャツのボタン、外してみて?鍵は閉めてるから、誰にも見られないわ」
─声を低く、しかし明瞭に。
─仁愛の体が一瞬硬直した。
「……そ、それは…」
─言い訳は思いつかない。心臓が早く打つ。
「仁愛ちゃん、私はあなたの担任で、味方よ?正直に話してごらんなさい」
─愛先生の声に、威圧感と保護者的な優しさが混ざる。私は恐る恐る、シャツのボタンを外した。
「刺青…校則違反以前の問題よ。一応だけど、この刺青とピアスの理由、聞くわよ」
「そ、それは……」
「お洒落でやってるのならすぐにサラッと言えるわ。でもあなたの場合、他人には言えない"何か"がありそうね」
─ついに、鎖骨の刺青について聞かされてしまった。でも何故だろう。愛先生になら話せる気がしたので、これまでのことを話した。
─家族のこと、母の借金のこと、水商売のことを全て話していた。
「だから、仁愛が…頑張らないと…仁愛が頑張らなかったから、お姉ちゃんもお父さんも失って……」
─ひたすら自分を追い込むことしかし出来なかったのか、愛先生は私に平手打ちをした。
─パン、という音が生徒指導室内に響き渡り、我に返った。
「愛…先生…?」
「馬鹿っ!なんで長い間自分を大事にしなかったのよ…!辛かったわね。実はね…この前の職員会議で、あなたを退学処分するか話し合ってたの。だから、私は担任として事情を聞いたのよ……」
「……でも、まだお母さんの借金…全部返せてないから……風俗…やらないと…」
─愛先生は私を抱き締め、傍で泣いていた。
「いいこと?もう、あなたは辛い思いをしなくていいのよ?」
「先生……ぐすっ!ヒックっ!」
「You were born to be happy.So...don't think it's just you.」
─そして、この日を境に"藤"としての人格は一度姿を消した。
─私が生徒指導室で過去を打ち明けた翌日、噂は校内に広まっていた。
「ねぇ、松寺さんって…あの…夜の仕事してたらしいよ?」
「えっ、あの美人が?」
─廊下のあちこちで、コソコソ声が飛び交う。私は机に突っ伏し、誰も助けてはくれない孤独を感じていた。
─放課後、私は職員会議室に呼ばれ、校長・教頭が険しい表情で待っていた。
「松寺仁愛さん、この件は重大です。学校として退学も視野に入れざるを得ません」
─教頭の言葉には冷たさが滲んでいた。
「退学…ですか?」
─仁愛の声は小さく震えた。
「担任である煌星先生、どう思いますか?」
─校長が仁愛を見つめ、愛先生に問いかける。
「Principal, this is unacceptable. Her past is not a crime, and it does not define her worth as a student. You cannot punish her for circumstances beyond her control.」
─愛先生の声は鋭く、会議室に響き渡る。
「校長先生、これは容認できません。彼女の過去は犯罪ではありません。彼女の価値を決めるものでもありません。自分ではどうしようもなかった状況で苦しんだだけです」
─指揮官らしい力強い口調で、愛は英語と日本語を織り交ぜながら職員達に語りかける。
「She deserves support, not punishment. And I will make sure she is protected while under our care.」
─「彼女は支援されるべきであり、罰されるべきではありません。私が責任を持って守ります」
─愛先生の言葉に、教員たちは言葉を失った。校長も渋々頷く。
「…分かった。煌星先生の意見を尊重する。退学はしない」
─愛先生は私の肩に手を置き、強い眼差しで見つめる。
「仁愛ちゃん、あなたは一人じゃないわ。私が校内で立ち向かうから、心配しないで」
─その後、学校内では一部の生徒からまだ囁きはあったが、愛先生が各クラスを回り、英語も交えて生徒指導を行った。
「This kind of rumor is unacceptable. Treat your classmates with respect!」
─「このような噂話は容認できません。クラスメイトを尊重しなさい!」
─愛先生の怒声は教室に響き、少しずつ噂は沈静化していった。
─仁愛は心の奥底で安堵を覚えつつ、愛先生の強さに頼れる存在を実感した。
「如月夢玖…いいます…大阪出身…よろしゅう」
─そして、ある転校生─如月夢玖ちゃんと出会った。
─そして、同じクラスメイトの影食夜海ちゃんとも仲良くなり、境遇が似ていたのか私達はすぐに打ち解けた。
「夢玖ちゃん今日はバイトあるの?」
「せやで。バイト先の人が迎えに来るねん。子供やないのに、わざわざ仕事抜け出してお迎え来てもらうんは申し訳ないなぁ…」
「まあ…遠いしね…あ、今度遊びに行こうね!」
「うん!三人で遊ぶん楽しみにしてはる!」
─そして、私は─ある人物と再会してしまったのだ。
「お迎えかぁ…どんな人?」
「うーん……煙草吸ってて…銀髪の人やで!」
「へえ…想像つくなぁ…」
「ふぅ…お、如月…来たか。よし…行くぞ」
「(あ、あの人…もしかして……)」
─何と、風俗への移行を機に連絡が途切れた、福吉さんだった。
─予想外の再会で、五年振りだろうか。
─煙草やサングラスの影響か、遠くから見ても大人の色気は増していた。
「あ、福吉さん…仁愛ちゃん、夜海ちゃん…また明日なっ!」
「友達か…如月、良かったな」
「(もしかしたら…夢玖ちゃんが…また福吉さんと仁愛を…繋げてくれたの…かな。でも、再会出来て、嬉しい…)」
─もしかしたら、夢玖ちゃんが恋のキューピットなのかもしれないと思った。
─だって─如月夢玖という猫が、私と福吉さんを繋げてくれたのだ。
─歳が十個以上離れてるにも関わらず、あの時のようにお近づきになれればと─私の中の、藤の花が開花した。
─決して離れない、恋に酔う。藤の花が─まさに私そのものだった。
「Smoking is prohibited on or near the school grounds!」
「如月…この方は?」
「……私の担任で…義姉の……愛先生です」
「あの…校舎の敷地内で喫煙は禁止です」
「愛ちゃん…ごめん」
─夢玖ちゃん曰く、機能福吉さんは学校の敷地内で喫煙していて愛先生に怒られたらしい。
――――――――――
─翌日。私は登校中、小さく息を吸った。
─福吉さんは私が藤だったことを知らないとはいえ、再会したばかりなのに、心臓が痛いほど跳ねる。
「(福吉さん……五年ぶりに名前を呼んでほしいなんて、思ってもなかった…)」
「おはよう。仁愛ちゃん、どないしてん…自分めっちゃ顔赤いで?」
─夢玖ちゃんが無邪気に覗く。
「えっ…そう…?」
「おはよう仁愛ちゃん。もしかして……恋なぁ」
「ち、違うもんっ」
─隣で夜海がくす、と笑った。
「でも、嬉しそうだったよ。仁愛ちゃん」
「(……うん。嬉しかったよ。ほんとに……)」
─藤の花びらが、胸の奥でそっと揺れた。
……To be continued
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次回作もお楽しみに!では。




